放課後、楓は祖父が運営する空手道場へ足を運べば稽古に励んでいた。
「てな訳でして~」
「な~にが、てな訳でしてよ!!全然おもしろくないよ??」
同じく稽古をしていた楓の従姉・美玲(みれい)は、聞かされた内容に怒りが隠せなかった。
「じゃあ何?叶華ちゃんはアイツと裏で付き合っていて、今では婚約まで済ませちゃったってわけ?」
「その確認はこれからなんだと思う。でも承認されると思うよ」
「ムカつく~!!何よ、楓に優しくしていたのは全部演技だったってこと?」
「話聞く感じだとね」
楓が頷けば、美玲はますます怒っていた。
「あのクソ最低野郎共が!!」
そう叫び、美玲は持っていた板割りを真っ二に折った。
「お~美玲さすが~!」
「喜んでる場合⁉婚約破棄されるどころか、姉にも騙されていたなんて前代未聞よ!」
「まあね、、でもさ、それは分かりきってることじゃん?」
姉には敵わない。
それは楓が幼い頃から思っていたことだ。
頭脳明晰、容姿もスタイルもいい姉。小さい頃から両親のお気に入りで、特別扱いされては贔屓され甘やかされていた。
「それに加え私は…」
楓は同じく手に持っていた板割りに「ほおっ」と力を込めた。するとメキメキと聞こえたらダメな音が響き渡り、次の瞬間バキッと板が二つに割れた。
「うん、割れた」
「か、楓…あのさ、誰が片手で板割りする馬鹿がいんの?普通に考えて可笑しいから」
「え、そう?まあ全国大会優勝してるんで」
楓の持ち味といったら空手一筋に尽きる。祖父の影響で始めた空手がまさかここまで板に染み付くとは。その腕前はプロ顔負け。
「空手は強くて運動能力も生まれつき人より並外れてる。それは自覚してるし別にいいんだ」
楓にはフィジカルギフテッドと呼ばれる能力が備わっていた。その名の通り、超人的な身体能力と高い反射神経を持ち合わせ、筋肉密度は人間の五倍を上回ると診断された。そんな楓を親は嫌った。気味が悪いと口を揃えて言うのだ。
「ここに来るのも反対された。お父さんには特に。ほら、おじいちゃんとは縁を切ってるからさ」
楓の父は若い頃に祖父の家とは縁を切っている。その理由は分からないが、父は祖父を忌み嫌えば最後まで怒鳴っていたのを覚えている。
「でももういいんだ。越えられない壁なんて幾らでも存在する。運が悪かっただけ」
「楓…」
美玲はそんな楓にかける言葉がなかった。
「組み手してくる~」と吞気に走っていく後ろ姿を見送れば、不意に入る攻撃。
「っと、、危ないわね、清史郎」
「まじか~これよけるのかよ」
攻撃を入れたのは幼馴染の花塚清史郎(はなづかせいしろう)。彼は茶色のくせ毛に陽気溢れるパワーの表情で、足をブンブンと上げ下げしていた。
「彼女であるこの美玲様を傷つけようだなんて、いい度胸じゃない。まあいいわ、やるならかかってきなさい!」
「お、今日はまたいつにも増して気合い入ってんじゃ~ん」
「イライラすることがあったの…よっ!!」
美玲は助走をつければ、清史郎に向かって技を仕掛けた。だが直ぐ清史郎は体勢を持ち直せば、次の攻撃に備える。
「なかなかやるわね」
「まあな。俺の空手歴なめんなよ」
すると奥からは激しい音が聞こえてくる。
二人が目をやれば、マットを相手に楓が蹴りの練習をしていた。
「おお…アイツは今日もすんげぇな」
「さすがは師匠の孫なだけあるわね」
蹴りを喰らえば無残にも支え役は向こうへ弾き飛ばされてしまっている。
「ねえ師匠~、な~んでアイツはそんな練習してないのにあんな強いんです?」
「あれは天才、ワシの孫だからな」
同じく近くで観察していた楓の祖父はそう言い笑った。
「げぇ、もうそれ不公平だろ~」
「そう言えばこの前、板割り十枚チャレンジするとか言って一発で全部割ってたような~」
「エ…マジで言ってる?」
「目の前で見たからホントよ」
美玲が話せば、清史郎は「さすがです」と言いつつ冷や汗をかいていた。一頻り終わって満足したのか楓が戻ってくる。
「おい楓!俺と勝負しろ!」
「え~イヤよ。疲れるし」
「じゃあなんで練習来てんだよ」
「私は凄いんだって皆に自慢するため~」
「なんて奴だ…」
清史郎はこれにムキーっと悔しそうにしていた。
「そういや美玲はなんでイライラしてたんだ?」
「あ、清史郎には話してなかったわ。楓、話してやんな」
そこで楓は今日のことを話して聞かせた。
三人は幼馴染として学校でも仲は良い。
聞かされた内容に清史郎は顔をしかめた。
「んだよそれ…。じゃあ叶華ちゃんもグルだったってことか?」
「ホント酷い話よね!!こうなったら…清史郎、二人でカチコミよ!!」
美玲は頭に血がのぼり興奮し始めるので、清史郎は黙ってこれを落ち着かせた。
「まあ待て。それじゃ根本的な解決策になんねぇだろ」
「可愛い従妹がやられっぱなしでいるの、これ以上見過ごせない!」
「はいはい、お前はそういう奴だったな」
清史郎は笑って美玲の頭をポンポンと叩いた。
「でもよ、相手はあの井崎グループだろ?学校でもその権力は凄まじいし、逆らうものなら一族まとめて消されるぞ」
近年、井崎グループの力が拡大する中、街中でも名前を耳にする機会は多い。影響力は学校にも伝わっているのか、先生達でさえ匠哉に逆らえなかった。
「あのボンボン野郎…学校では好き勝手ばかりやりやがって。お陰でこっちはいい迷惑だ」
「いけ好かない奴だと思ってたけど。見事に勘が当たったわね」
幸運にも三人は同じ学校。
王様の如く学校を仕切る彼には、二人も思うことがあるらしい。
「オマエよくあんなのと婚約できてたな」
「はは…まあ今考えたらまずかったかも」
優しくされていて忘れていたが、彼は自分を裏切った。そればかりか姉と婚約までしようとしているのだから埒が明かない。
「でもさ、楓の家だって井崎とは仲が良い訳だし。出方次第では仕返しできるかもよ?」
「ダメよ、そんなことしたらお父様達に何て言われるか」
現にここに来る事に反対しているのだ。
美玲達と絡んでいるのだって、本当は良く思っていないのかも知れない。
「帰りたくないな、、」
稽古が終われば、楓は溜息をつく。
婚約破棄したことを追及されるのは構わないが、何を話しても「オマエが悪い」としか言われない未来に頭を抱える。
「楓、今日は泊まっていくか?」
「おじいちゃん!…ううん、お父さんが怒るから」
楓が申し訳なさそうに断れば、おじいちゃんも「そうか…」と困ったように笑っていた。
「ウチに来る?従姉の家なら何も言わないんじゃない?」
「ありがと美玲。でも大丈夫だよ」
楓が支度を済ませれば、「気を付けろよ?」と清史郎も心配そうに見送ってくれた。
ホントここの人達はいい人ばっかだ。