親睦会当日。
弥一から贈られた着物に袖を通し、楓が会場に着けばそこには既に多くの来場者の姿が。政治家や著名人が足を運び、今後の資産運用を語る場として設けられるこの親睦会には、全国から人が押し寄せる。
「楓ちゃん、今日はまた一段と可愛いね~」
「父さんナンパすんなよ。楓、そろそろ行くけど大丈夫か?」
「うん…」
待合室で酒吞童子と合流後、三人は酒宴が行われているとされる大会場まで移動した。緊張で体が強張る楓だったが、弥一がエスコートする手はとても暖かくて気持ちが徐々に和む。入場すれば中からはざわめきの声が聞こえた。
「よ~し弥一君、選手交代ね~」
酒吞童子は楓の手を取れば会場内を進む。すると周囲には「酒吞様」と大勢の人が挨拶に集まってきた。
「あら、こちらのお嬢様は?」
「僕の未来の娘ちゃんだよ~」
酒吞童子が楓を紹介すれば、話題の中心に上がった酒吞財閥の後継者・弥一の婚約者の姿に周りは納得しつつ、驚く者もいた。中でも舐めまわすような視線が多く、楓も笑顔で挨拶を終える頃にはへとへとだった。
「楓、疲れたか?少し休もう」
「うん、ありがとう」
弥一は空いてる席に楓を座らせる。
「まだ挨拶回りはあるよね?」
「ああ、だが疲れてるだろうし無理すんな。後は俺と父さんでやる」
周りは有名人ばかり。何せ年に一度の親睦会。あの酒吞財閥が出席するとなれば尚のこと。ふと視線を感じれば向こうに八咫烏の一家がいた。両親達はこちらには目もくれずに必死に先方と話してる中、叶華だけは楓を睨み付けていた。
「どうした?」
「ううん、何でもない」
叶華から視線をずらせば、向こうでは美玲達が手を振っている。釣られて楓も振り返した。
「弥一、私はここで休んでたい」
「分かった。なら行ってくるが…烏の視界から離れんな。何かあったら直ぐに俺を呼べ」
「分かった」
弥一は名残惜しそうに頭を撫でれば、呼ばれている方へ行ってしまう。
一人になると一気に疲れが出てくる。
「ん?」
不意に懐に入れたスマホが振動すれば送り主は叶華から。内溶には二人だけで話したいと書いてあり楓は困ってしまう。だが最後の機会にどうしてもと言われれば楓も重い体を動かす。御手洗に行くと伝えて会場を出れば、指定された場所に向かう。
「来たのね、楓」
「…お姉ちゃん。何の用?」
自分でもビックリするほど冷たい声。他人と化した元姉には十分すぎる態度だった。
「何の用?貴方のせいで八咫烏は終わりよ。お父様の経営は傾く一方で必死に他の会社へ頭を下げてるの。それもこれも楓があんなことするから!」
叶華は怒って楓の腕を掴んだ。
「でもそれはもういいわ。やるべき事を果たしたんだから。きっと直ぐに拓哉君にも会える」
「お姉ちゃん?」
急に変な事を言い出す叶華。
不思議に思ってれば突如現れた黒ずくめの男達が楓を囲んだ。
「よくやった」
そう言い奥から現れたのは一人の男。スーツ姿で頭を七三分けに撫でつけた姿に嫌な気配を覚えた。
「お望み通り、楓を連れてきたわ。拓哉君に会わせて」
「いいとも。その前に君の命が無事ならね」
「は?どういう事?」
男はニヤリと笑う。すると近くにいた男が叶華を捕らえるので楓はビックリしてしまう。
「ちょっとどういうつもり⁈約束と違うじゃない!」
「約束?ああ、井崎に嫁がせろって話か。勿論破っちゃいないよ。それまでに君達が無事だったらね」
叶華はその言葉に絶望した。そしてそのまま何処かに連れて行かれるので楓は必死に抵抗する。
「おっとダメ。君の仕事はこれからだよ。八咫烏楓」
「…貴方達は誰?」
「桃源郷」
楓は目を見開いた。
警戒してた筈なのに。まさかこんなに早く捕まってしまうとは。
「君も災難だね、二度も姉に裏切られて」
「二度?まさか桃源郷のスパイって!」
「彼女だよ。経営が傾きかけた井崎を利用して君に近づく為、あの子には囮になって貰ったのさ。今頃、死んでなきゃいいけど」
「何するつもり…」
だが男は笑って懐からは見覚えのある瓶を取り出す。
「八咫烏狩りだ。君には最初の犠牲者になって貰う。今からこの瓶にいる魔物を解き放つ」
そして有無を返さず瓶は割られ、中からは魔物が出現する。階級にしてSランクはあると見ていい。楓は絶望した。
「ほお、やはり見えるんだね。これは益々逃す訳にはいかない」
男が合図すると周りにいた男達が一斉に飛びかかる。相手しようにも着物では動けず、避けるのが精一杯だ。
「「楓様、危ない!」」
座敷わらし達が飛び出してくれは、一人はビーム、一人は盾を出して楓を守る。
「鬼の式神。はは、だが想定内」
不意に楓達の下を結界が囲む。すると座敷わらし達が苦しみ始めた。
「楓様…」
「楓様を守…」
力付きて倒れてしまう座敷わらし達。
「座敷わらしちゃん!」
結界からは出られず楓は二人を抱きしめると泣きそうになる。成す術なく座り込めば魔物は直ぐそこだ。
「弥一、助けて…」
「楓!!」
すると空気を切り裂く声。次の瞬間、魔物には大きな亀裂が入った。見れば黒く光る刀剣を手にした弥一の姿が。
「やはりな。仕掛けるなら今だと思ってた。楓を一人にさせて正解だ」
「鬼灯⁈何でここが!ま、まさか初めから!」
桃源郷は弥一の姿に驚くと攻撃の手を止めた。
「ああ、お陰で手間が省けた。井崎と結託して俺の婚約者を奪おうなんざ百年早えーよ。八咫烏の契約は済んでんだ。さっさと大人しくしとけ」
「クソ!!」
桃源郷は逃げようとするも烏達によって捕えられてしまう。
「弥一君~終わったかい?」
連れて行かれる姿を見送れば、向こうからは酒呑童子がやって来る。
「急に走り出すからそろそろかと思ったけど危機一髪だったね。楓ちゃん怪我はない?」
「はい、何とか」
「なら良かった~後は…」
彼は側に倒れる座敷わらし達に目をやれば妖力を注ぎ込む。すると直ぐに彼女達は目を覚ますので安心した。
「大丈夫か?済まない、来るのが遅れて」
弥一は楓を見れば悲しそうにしていた。楓はフルフルと首を横に振る。
「ううん、弥一は助けにきてくれたもん。とても嬉しかったの。ありがとう」
「…ホントに良かった。お前が無事で」
弥一は優しく微笑めば楓をそっと抱きしめた。