「ごめん楓(かえで)、俺たち婚約したんだ」
話があると呼び出されて早々、彼氏から言われた言葉。見れば彼の隣には一人の女性。だがその女性が誰か分かると、楓は更にビックリした。
「え、お姉ちゃん⁈なんでお姉ちゃんが匠哉(たくや)と一緒にいるの？？」
「楓…ごめんなさい」
楓の一つ年上の姉・叶華(かのか)は、楓の顔を見れば今にも泣きだった。
「実はさ、数ヶ月前から俺達付き合ってて。でも俺は楓と婚約していたし、中々話せずにいたんだ」
「え、だって…私達は婚約してるんだよ？」
「そうなんだけどさ～それは何というか軽い付き合い？みたいな？」
「…は？」
「だって元々は親同士が勝手に決めた婚約だろ？俺は別にお前のこと好きじゃないもん」

好きじゃない？

楓はその言葉に息を吞んだ。
彼・井崎匠哉(いざきたくや)は、日本でも有名な大手企業・井崎グループの会長の一人息子だ。因みに楓達の父とは長い付き合いで、今回の婚約もそれ故に決められたことだった。
「自分達の子供を婚約させるなんて聞いた時は呆れたよ。八咫烏家って聞いた時は嬉しかったのに相手は何故かお前だし。そこは普通に考えて叶華だろ」
「何言って…」
「お前と婚約したせいで恋愛すらできない。俺はずっと叶華が好きなんだ」
そう叶華を抱きしめる匠哉。
「匠哉…あなた本気？あんなに優しくしてくれたのに。お姉ちゃんだって…私が婚約するって話した時は泣いて喜んでくれたじゃん！」
たまらず叫べば叶華は黙るだけ。
そんな楓を匠哉は呆れた目で見つめれば溜息をつく。
「だから俺はお前なんて好きじゃないんだよ。今まで優しくしてやったのは、お前が叶華の妹だからってだけで。ゆくゆくは婚約破棄しようと思ってたし」
「そんな…」
「だいたいお前を愛してくれる奴なんているわけないじゃん」
匠哉は馬鹿にしたように笑った。楓はショックで言葉が出てこなかった。
「楓ごめんね？でも私、匠哉君を愛してるの。だから怒らないで」
まるで被害者は自分とでも言いたげに、叶華はシクシクと泣き出す。隣にいた匠哉は優しくそれに寄り添えば、楓はただ呆然とその様子を見つめることしかできなかった。