半時後、澱祓いの儀は無事終了した。
「……すんげぇ綺麗だな」
「えぇ、まるで宝石のようですわ」
皆の見上げる先には、すっかり澱の払われた守護龍の純白の体があった。穏やかな青い瞳が、一行を見下ろしている。そこに敵意はまるでなく、ただ慈しむような眼差しだけがそこにあった。
「終わったぁ……」
走り回り剣を振り続けた光乃の体がぐらりと傾ぐ。それをいち早く受け止めたのは朔哉であった。
「お疲れ様、光乃くん」
「あ、朔哉さ……ふぎゅ!?」
思いがけず強い力で抱きしめられ、光乃の口から妙な声が絞り出される。
「よくやってくれたね。本当に、ありがとう光乃くん」
(ひ、ひえぇ……)
整いすぎるほど整った玉面が、目の前にある。くらくらと一層の眩暈を覚えた光乃を、横合いから出て来た大きな手が奪い取った。
「あー、朔哉殿? 大切な妹分に手を出さねぇでいただけますかねぇ?」
「おや、これは失敬」
ふんわりと微笑みながらも、朔哉はその双眸に油断ならない光をたたえる。
「いずれ私の妻となる光乃の兄君には、気を使うべきでした。側にいられる残り少ない時間を、私が奪ってしまってはいけないからねぇ」
「やりませんよ? 光乃本人が納得してないんで」
緑子もまた額を押さえ、膝からくずれおちる。
「あぁ、朔哉様。わたくしも眩暈が」
「おっと」
自分に寄りかかって来た緑子を受けとめ、朔哉が顔を覗き込む。
「確かに顔色が悪いね。浄力を消費しながら動き回ったのだから無理もない。すぐに山を下り、私の家で休もう」
「ううっ、朔哉様……」
続けて時緒も朔哉へと寄りかかる。自分より上背のある時緒を、朔哉は何とか受け止めた。
「だ、大丈夫かい時緒くん?」
「すみません、アタシもさっきから眩暈が」
「わかった。そう言えば昨夜は皆一睡もしていなかったね。少し休んでから下山することにしよう」
二人の乙女を抱きかかえて足を踏ん張る朔哉の姿に、光乃は思わず笑みをこぼす。
ふと視界の端に、清一郎の姿が入った。
「清一郎」
光乃に呼びかけられ、清一郎がびくりと肩を動かした。
「……なんだ、日吉光乃」
「さっきはありがとうね。手、痛かったんじゃない?」
清一郎は反射的に擦り剝けた自分の手を見る。そして慌てて背の後ろへ隠した。
「ふん、この程度。これでも僕は、かつて守護龍様を鎮める際に尽力したことで帝より地位をいただいた先祖を持つ、八条家の人間だぞ」
「あ、八条家も守護龍様絡みの家だったんだ……」
「そうとも! だからその……」
清一郎はうっすらと頬を染め、光乃から視線を逸らす。
「こういった形で貴様と共闘できたのも、何かの縁と言うか、運命と言うか……」
「あー、八条のお坊ちゃん。口の中でもしょもしょ言われても聞こえませんなぁ」
正宗が容赦なくぶった切ると、清一郎は露骨にムッとなった。
「い、いつまでそうやってベタベタしているのだ大嶽の! 兄妹同様に育ったとは言え、日吉光乃はもう立派な大人であろうが」
「他人に口出しされるいわれはありませんなぁ。俺たちは家族なんで、この先もず~っと。それよりちゃんと光乃に『ごめんなさい』できましたかぁ?」
「なっ、そ、それは……」
清一郎が、ちらっと光乃に視線を送る。
「……わ、悪かったな」
清一郎の態度に、正宗はすかさず攻勢に入る。
「え? 今のは何すか? もしかして謝ったつもりなんですかね、八条のお坊ちゃん?」
「う、うるさい大嶽の! 正式なものは、日吉光乃と二人になってからにする!」
「は? 大切な妹分と、二人きりになんてさせるわけねぇだろうが」
(はは……)
周りで飛び交うけたたましい声を聞きながら、光乃は正宗の腕の中、とろりとした心地の良い気怠さに身を任せる。
(これで、大災害は防げたんだよね……)
光乃が意識を手放す寸前、純白の竜が優しく自分を見下ろしているのが見えた気がした。
――終――
「……すんげぇ綺麗だな」
「えぇ、まるで宝石のようですわ」
皆の見上げる先には、すっかり澱の払われた守護龍の純白の体があった。穏やかな青い瞳が、一行を見下ろしている。そこに敵意はまるでなく、ただ慈しむような眼差しだけがそこにあった。
「終わったぁ……」
走り回り剣を振り続けた光乃の体がぐらりと傾ぐ。それをいち早く受け止めたのは朔哉であった。
「お疲れ様、光乃くん」
「あ、朔哉さ……ふぎゅ!?」
思いがけず強い力で抱きしめられ、光乃の口から妙な声が絞り出される。
「よくやってくれたね。本当に、ありがとう光乃くん」
(ひ、ひえぇ……)
整いすぎるほど整った玉面が、目の前にある。くらくらと一層の眩暈を覚えた光乃を、横合いから出て来た大きな手が奪い取った。
「あー、朔哉殿? 大切な妹分に手を出さねぇでいただけますかねぇ?」
「おや、これは失敬」
ふんわりと微笑みながらも、朔哉はその双眸に油断ならない光をたたえる。
「いずれ私の妻となる光乃の兄君には、気を使うべきでした。側にいられる残り少ない時間を、私が奪ってしまってはいけないからねぇ」
「やりませんよ? 光乃本人が納得してないんで」
緑子もまた額を押さえ、膝からくずれおちる。
「あぁ、朔哉様。わたくしも眩暈が」
「おっと」
自分に寄りかかって来た緑子を受けとめ、朔哉が顔を覗き込む。
「確かに顔色が悪いね。浄力を消費しながら動き回ったのだから無理もない。すぐに山を下り、私の家で休もう」
「ううっ、朔哉様……」
続けて時緒も朔哉へと寄りかかる。自分より上背のある時緒を、朔哉は何とか受け止めた。
「だ、大丈夫かい時緒くん?」
「すみません、アタシもさっきから眩暈が」
「わかった。そう言えば昨夜は皆一睡もしていなかったね。少し休んでから下山することにしよう」
二人の乙女を抱きかかえて足を踏ん張る朔哉の姿に、光乃は思わず笑みをこぼす。
ふと視界の端に、清一郎の姿が入った。
「清一郎」
光乃に呼びかけられ、清一郎がびくりと肩を動かした。
「……なんだ、日吉光乃」
「さっきはありがとうね。手、痛かったんじゃない?」
清一郎は反射的に擦り剝けた自分の手を見る。そして慌てて背の後ろへ隠した。
「ふん、この程度。これでも僕は、かつて守護龍様を鎮める際に尽力したことで帝より地位をいただいた先祖を持つ、八条家の人間だぞ」
「あ、八条家も守護龍様絡みの家だったんだ……」
「そうとも! だからその……」
清一郎はうっすらと頬を染め、光乃から視線を逸らす。
「こういった形で貴様と共闘できたのも、何かの縁と言うか、運命と言うか……」
「あー、八条のお坊ちゃん。口の中でもしょもしょ言われても聞こえませんなぁ」
正宗が容赦なくぶった切ると、清一郎は露骨にムッとなった。
「い、いつまでそうやってベタベタしているのだ大嶽の! 兄妹同様に育ったとは言え、日吉光乃はもう立派な大人であろうが」
「他人に口出しされるいわれはありませんなぁ。俺たちは家族なんで、この先もず~っと。それよりちゃんと光乃に『ごめんなさい』できましたかぁ?」
「なっ、そ、それは……」
清一郎が、ちらっと光乃に視線を送る。
「……わ、悪かったな」
清一郎の態度に、正宗はすかさず攻勢に入る。
「え? 今のは何すか? もしかして謝ったつもりなんですかね、八条のお坊ちゃん?」
「う、うるさい大嶽の! 正式なものは、日吉光乃と二人になってからにする!」
「は? 大切な妹分と、二人きりになんてさせるわけねぇだろうが」
(はは……)
周りで飛び交うけたたましい声を聞きながら、光乃は正宗の腕の中、とろりとした心地の良い気怠さに身を任せる。
(これで、大災害は防げたんだよね……)
光乃が意識を手放す寸前、純白の竜が優しく自分を見下ろしているのが見えた気がした。
――終――