「そのお役目、わたくしもご協力いたしますわ! 人数は多い方がよろしいでしょう?」
「み、緑子くん!?」
「ふるい分けで残ったってこたぁ、アタシにも浄力ってやつがあるんだろ? なら、アタシだって両方の力が備わってるってことじゃねぇか!」
「時緒くん……」
 朔哉は二人の言葉に一瞬喜色を浮かべたが、すぐに残念そうに首を横に振る。
「君たちの気持ちは嬉しい。だが、与えられる妻の座は一つしかない」
「あら、光乃さんは御辞退されるのでしょう?」
「うん」
 あっさりと頷いた光乃へ、朔哉が慌てる。
「光乃くん!?」
「なら、この儀式でよりいい働きをした奴がいただくってことでどうだ?」
「いいですわねぇ、時緒さん。わたくし、負けませんことよ」
 バチバチと火花を散らす緑子と時緒に、朔哉は普段の落ち着き払った仮面を失い、ただ途方に暮れて肩を落とす。その様子に、光乃はつい笑ってしまった。
「朔哉様、ことは一刻を争うんですよね? これから守護龍様を鎮めに向かいませんか?」



 光乃たち一行は朔哉に率いられ、明け方に瑞岳の結界へ到着した。
「朔哉様!」
 疲労困憊状態の男たちがボロボロになったしめ縄の前で、しわがれた声で祝詞を挙げていた。その足元には、千切れた紙垂がいくつも落ちている。結界が破られるのを、交代で食い止めていたことが一目でわかった。
「協力してくださる女人は見つかったのですね」
「あぁ。待たせてしまってすまない」
 朔哉から光乃は剣を手渡される。
「これは澱祓いの儀における三種の神器の中でも、最も重要な剣だ。鞘はつけたままで守護龍様の澱に触れてほしい」
「わかりました」
 緑子と時緒もそれぞれ勾玉の首飾りと銅鏡を手渡される。
「本来ならこれは神官の役割なのだが、頼んだよ二人とも」
「お任せ下さいまし」
「侯爵夫人の座はアタシのもんだぁ!」
 時緒が雄叫びを上げながら結界内へ飛び込んでいく。
「あっ、抜け駆けはさせませんわよ!」
 そう言い残し緑子の姿も結界内へと消えた。
(って、肝心の私が出遅れてどうする!)
 剣を持った光乃も後に続こうとした時、朔哉が腕を掴み引き留めた。
「何ですか?」
「光乃くん、私は君が好きだよ」
「えっ?」
「責務のために仕方なく君を受け入れるわけじゃない。君の戦う姿、誰かを思いやる姿、欲のないところ……。いや、理由なんて本当はないのかもしれない。ただ私は君に惹かれている」
 光乃は朔哉の真剣な眼差しを受けとめる。
「朔哉様、私は……」
刹那、足音が轟いたかと思うと大きな人影が草陰から飛び出し、光乃を小脇に掻っ攫った。
「ひぇ!」
「光乃! ほら、行くぞ!」
「ま、正宗!?」
「こっちの攻撃は通らなくても、お前を守ることなら俺にもできそうだからな。俺も行くぜ!」
 ニッと白い歯を見せ、兄貴分は光乃を抱えたまま結界内へと突進していった。
 唖然とその後ろ姿を見送る朔哉の横を、また一人若者が駆け抜けていく。
「僕はまだ貴様に謝っていないぞ、日吉光乃!」
 清一郎もしめ縄を飛び越え、結界内へと身を躍らせた。
「……いつからどこで盗み聞きをしていたのだ、君たちは」
 朔哉も皆に続き、結界内への侵入を試みる。
「おやめください。危のうございます、朔哉様! 今回は、我々男に出来ることは何も……!」
「いや、大嶽正宗の言った通りだ。たとえ守護龍様にこの手が届かなくとも、愛しい娘を守ることは出来ると思わないかい?」

 結界内では、黒い靄に覆われた山のごとくそびえるものへ、三人の乙女が果敢に打ちかかっていた。
「せやっ!」
 身軽に飛び回り剣を振り回す光乃は、確実に澱を薙ぎ払って行く。
「おらよっ!」
 時緒は銅鏡を振り回し、暴れる黒い塊へ殴りかかっていた。
「ち、違うぞ、時緒くん! 鏡はそう使うものではない。面で陽光を受け、その光を澱に向けて照射するのだ」
 しかし意外にも時緒の攻撃は効いているように見える。
「全く、野蛮な方には困ったものですわね」
 緑子は弓でも引くように、勾玉の首飾りを引き絞る。不思議なことに緑子の手元に光の矢が生じ、それが黒い靄に覆われた守護龍へ向かって飛んで行った。矢の当たった部分の澱が、雲散霧消する。
「朔哉様、わたくしの華麗な弓捌き、ご覧になって?」
「あ、あぁ……」
 それは見事な百発百中ではあったが、朔哉は内心こう思っていた。
(そんな使い方をする人間、初めて見るのだが。時緒くんといい女性が神器を使うと、いつもと違う効果が出るのだろうか)

「光乃、危ねぇっ!」
 正宗が、光乃に襲い掛かる尾を正面から受ける。そのまま丸太のようなそれへ、がっきりと組み付いた。
「正宗、危ないからどいて!」
「俺は大丈夫だ! 捕まえといてやるから、今のうちどんどん祓っちまえ!」
 光乃は頷き、尾の周辺の澱を祓いきる。輝く純白の体に、銀青色の筋が浮かんでいるのがはっきり見えるようになった。
「上の方はどうしよう、頭の辺りとか」
「尾から背へ駆け上りたまえ」
 助言を与えたのは朔哉であった。
「守護龍様を踏みつけにしちゃっていいんですか?」
「構わない。そうしなければ剣が届かないからね」
「わかりました」
 だが正宗が押さえてくれているとはいえ、守護竜の体はうねうねと抵抗し、尾の上によじ登るのには難儀する。朔哉も押さえるのを手伝ったが、踏ん張れども正宗と共に地面を引きずられた。
「日吉光乃、僕を使え!」
 光乃の耳へ、聞きなれた声が届く。見れば清一郎が片膝をつき、立てた方の膝の上で手を組んでいた。
「そこから走って、僕の手に足を掛けろ。上へ放り投げてやる」
「え? あんたの手を踏めってこと?」
「そうだ」
 清一郎の返事に、光乃は顔をしかめる。
「……ぇえ~、やだなぁ。後からねちねち文句言いそう」
「言わないから、早くやれ!」
「清一郎ヒョロいから、私が乗ったらこけそうだし」
「貴様くらい僕でも持ち上げられるわ! さっさとやれ!」
 促され、光乃は清一郎へ向かって全力で走ると、その綺麗な手へぐっと足を掛ける。
「ふっ!」
 光乃が踏み切るのと同時に清一郎は立ち上がり、小柄な体を放り上げた。
「うわっと!」
 バランスを崩しながらも光乃は、守護龍の背へと着地する。
「ありがとう、清一郎!」
「ふん」
 光乃が自分に背を向け剣を振り回し始めたのを確認し、清一郎は踏まれて擦り剝けた己の手を愛し気に見つめた。