正宗の言葉を、光乃は怪訝に思う。
「確かにこれまで正宗に勝てたことないけど。なんでそんな意地悪言うの?」
「意地悪じゃねぇよ。お前がこの大会に出たのは、八条の坊ちゃんに償うためなんだろ?」
「……うん」
「それは俺が代わりに払ってやるって言ってんだ」
正宗が光乃の小さな体を引き寄せ、抱きしめた。
「あいつはお前の優しさに付け込み、お前を支配する気だ。大切な妹分に許せねぇよ」
「だけど、清一郎は私の罪を被って、家を追い出されるんだよ?」
「知るか。それはあいつが自分の意思で勝手にやったことだ。光乃が責任を感じる必要はねぇ」
「だけど!」
光乃を抱く正宗の腕に力がこもる。光乃の肺が押しつぶされ、息が漏れた。
「それに今日勝利をすればお前は、朔哉殿の妻になる。それも嫌だ」
「そこはきっと何とかなるよ。侯爵様が私みたいな平民を、本気で選ぶわけないじゃない」
「行かせたくない、お前を他の誰の所にも」
「正宗……」
その時、足音が聞こえた。
「こんなところで何をしているんだい、光乃くん。もう仕合が始まるよ」
(あ……)
光乃は慌てて正宗から身を離す。
「光乃!」
「行ってくるね、正宗!」
光乃は朔哉へ一礼すると、仕合場へと駆け去った。
「……」
睨みつける正宗へ、朔哉は満開の桜のような微笑みを向ける。
「安心してくれたまえ。君の妹分は大切に扱おう」
正宗の歯が、ギリッと鳴った。
正宗の手が触れた部分が今も熱い。
(集中!)
光乃は頭を一つ振り、竹刀を構えると対戦者に目を向けた。
(正宗と向き合ってるみたい)
剣術道場で幾度も打ち合った相手に似た体格。ならばこそ。
(この間合いなら、少しは慣れてる)
速さや攻撃の仕方は正宗と異なる。けれど、相手の攻撃がどの辺りまで届くか、そして自分はどこまで踏み込めば相手に届くか、その辺りは大体わかった。
(ぐっ、重い!)
時緒の攻撃を防げたものの、恵まれた体格から繰り出された一撃は、光乃の腕を痺れさせる。
(防戦のままでいれば、こちらの体力が先に削がれる)
ならば攻勢に出るしかない。
(だけど彼女の攻撃範囲が広くて、なかなか懐に入れない!)
苦戦する光乃の様子を、朔哉は落ち着かない様子で見ていた。隣に立つ正宗も、似た表情をしている。
「光乃くんに負けてほしいかい?」
「いや」
朔哉に問われ、正宗は仕合場を睨みつけたまま即座に答える。
「そうかい? 君は、可愛い妹分を私の元にやりたくないのだろう? それは負けを望んでいるのではないかな?」
「勝ってほしくない気持ちはある。だが、光乃が勝利を求めている以上、俺はそれを否定せん」
ふぅんと頷き、朔哉も戦う光乃に目を向けた。それを正宗は横目で睨む。
「随分とうちの光乃にご執心だな」
「君の妹分は魅力的だからね」
「なら、あの対戦相手が勝ったらどうするんだ」
「当然、彼女を妻に迎えるさ」
朔哉の返事に、正宗は少し驚く。
「そうなのか?」
「その約束で始めた大会だからね。だけど……」
朔哉が光乃へ注ぐ視線は、やわらかく優しい。
「……出来れば好きになった相手を娶りたいね」
その時、地面が大きく揺れた。
「うお!?」
会場から悲鳴が上がる。
「地震だ!」
「大きい!」
朔哉の目が、険しく細められる。
「明日まで、耐えてくれ……」
その言葉は、どこへ向けたものだったのか。
「うわっ!」
地震の影響は、仕合にも出ていた。大きく前に踏み出そうとした時緒は、重心をかけた右足を宙に浮かせた状態だったのだ。片足立ちの状態で大きな揺れを受け、その体が僅かに傾ぐ。光乃はそれを見逃さなかった。
パァンと小気味の良い音をたて、光乃の竹刀が時緒の胴を薙ぐ。
一本を示す旗が上がった。
「よしっ!」
朔哉と正宗が同時に声を上げる。それは二人の素直な気持ちから出たものだった。
だが正宗はすぐに気付く。これで光乃が朔哉に奪われてしまうと。
「くそっ……」
朔哉の元を離れ、正宗は人波をかき分けて光乃の元へ進む。その時、自分と同じような動きをしている人物を、正宗は見つけた。
「清一郎、殿……」
「大嶽の……」
顔を見合わせる二人に、一人の男が声を掛けて来た。
「おぉ、八条のお坊ちゃま! 皿の件は良かったですなぁ」
清一郎がぎくりとなる。
「皿って、家宝のあれか? 良かったってのはどういうこった」
「ま、待て、今その話は……!」
清一郎が焦って制止するも男はそれに気づかず、正宗へ人のいい顔を向ける。
「家宝の皿を割っちまったって、お坊ちゃまは家から放逐されそうになっておられたんですよ。ところが真犯人はあの後妻さんだと判明したそうで。お坊ちゃまの濡れ衣は無事晴れたってわけですわ」
正宗が首を巡らせ、清一郎を見る。
「本当か?」
「……あ、あぁ」
「光乃には?」
「まだ……」
清一郎の卑屈な表情から、正宗は彼が真実を隠すつもりだったことに気付いてしまう。怒鳴りつけようと眉を吊り上げた正宗だったが、何とか怒りを押さえこみ清一郎へ言った。
「もう光乃を縛る理由はないよな?」
「……」
清一郎が唇を噛みうなだれる。正宗は清一郎から冷たく視線を切ると、光乃の元へと急いだ。勝者へ祝いの言葉を届けるために。
光乃が優勝を収め、数日間に及んだ『武闘会』は幕を閉じた。
その夜、戒籠寺侯爵家では参加者たちを慰労するためのパーティーが執り行われた。
「確かにこれまで正宗に勝てたことないけど。なんでそんな意地悪言うの?」
「意地悪じゃねぇよ。お前がこの大会に出たのは、八条の坊ちゃんに償うためなんだろ?」
「……うん」
「それは俺が代わりに払ってやるって言ってんだ」
正宗が光乃の小さな体を引き寄せ、抱きしめた。
「あいつはお前の優しさに付け込み、お前を支配する気だ。大切な妹分に許せねぇよ」
「だけど、清一郎は私の罪を被って、家を追い出されるんだよ?」
「知るか。それはあいつが自分の意思で勝手にやったことだ。光乃が責任を感じる必要はねぇ」
「だけど!」
光乃を抱く正宗の腕に力がこもる。光乃の肺が押しつぶされ、息が漏れた。
「それに今日勝利をすればお前は、朔哉殿の妻になる。それも嫌だ」
「そこはきっと何とかなるよ。侯爵様が私みたいな平民を、本気で選ぶわけないじゃない」
「行かせたくない、お前を他の誰の所にも」
「正宗……」
その時、足音が聞こえた。
「こんなところで何をしているんだい、光乃くん。もう仕合が始まるよ」
(あ……)
光乃は慌てて正宗から身を離す。
「光乃!」
「行ってくるね、正宗!」
光乃は朔哉へ一礼すると、仕合場へと駆け去った。
「……」
睨みつける正宗へ、朔哉は満開の桜のような微笑みを向ける。
「安心してくれたまえ。君の妹分は大切に扱おう」
正宗の歯が、ギリッと鳴った。
正宗の手が触れた部分が今も熱い。
(集中!)
光乃は頭を一つ振り、竹刀を構えると対戦者に目を向けた。
(正宗と向き合ってるみたい)
剣術道場で幾度も打ち合った相手に似た体格。ならばこそ。
(この間合いなら、少しは慣れてる)
速さや攻撃の仕方は正宗と異なる。けれど、相手の攻撃がどの辺りまで届くか、そして自分はどこまで踏み込めば相手に届くか、その辺りは大体わかった。
(ぐっ、重い!)
時緒の攻撃を防げたものの、恵まれた体格から繰り出された一撃は、光乃の腕を痺れさせる。
(防戦のままでいれば、こちらの体力が先に削がれる)
ならば攻勢に出るしかない。
(だけど彼女の攻撃範囲が広くて、なかなか懐に入れない!)
苦戦する光乃の様子を、朔哉は落ち着かない様子で見ていた。隣に立つ正宗も、似た表情をしている。
「光乃くんに負けてほしいかい?」
「いや」
朔哉に問われ、正宗は仕合場を睨みつけたまま即座に答える。
「そうかい? 君は、可愛い妹分を私の元にやりたくないのだろう? それは負けを望んでいるのではないかな?」
「勝ってほしくない気持ちはある。だが、光乃が勝利を求めている以上、俺はそれを否定せん」
ふぅんと頷き、朔哉も戦う光乃に目を向けた。それを正宗は横目で睨む。
「随分とうちの光乃にご執心だな」
「君の妹分は魅力的だからね」
「なら、あの対戦相手が勝ったらどうするんだ」
「当然、彼女を妻に迎えるさ」
朔哉の返事に、正宗は少し驚く。
「そうなのか?」
「その約束で始めた大会だからね。だけど……」
朔哉が光乃へ注ぐ視線は、やわらかく優しい。
「……出来れば好きになった相手を娶りたいね」
その時、地面が大きく揺れた。
「うお!?」
会場から悲鳴が上がる。
「地震だ!」
「大きい!」
朔哉の目が、険しく細められる。
「明日まで、耐えてくれ……」
その言葉は、どこへ向けたものだったのか。
「うわっ!」
地震の影響は、仕合にも出ていた。大きく前に踏み出そうとした時緒は、重心をかけた右足を宙に浮かせた状態だったのだ。片足立ちの状態で大きな揺れを受け、その体が僅かに傾ぐ。光乃はそれを見逃さなかった。
パァンと小気味の良い音をたて、光乃の竹刀が時緒の胴を薙ぐ。
一本を示す旗が上がった。
「よしっ!」
朔哉と正宗が同時に声を上げる。それは二人の素直な気持ちから出たものだった。
だが正宗はすぐに気付く。これで光乃が朔哉に奪われてしまうと。
「くそっ……」
朔哉の元を離れ、正宗は人波をかき分けて光乃の元へ進む。その時、自分と同じような動きをしている人物を、正宗は見つけた。
「清一郎、殿……」
「大嶽の……」
顔を見合わせる二人に、一人の男が声を掛けて来た。
「おぉ、八条のお坊ちゃま! 皿の件は良かったですなぁ」
清一郎がぎくりとなる。
「皿って、家宝のあれか? 良かったってのはどういうこった」
「ま、待て、今その話は……!」
清一郎が焦って制止するも男はそれに気づかず、正宗へ人のいい顔を向ける。
「家宝の皿を割っちまったって、お坊ちゃまは家から放逐されそうになっておられたんですよ。ところが真犯人はあの後妻さんだと判明したそうで。お坊ちゃまの濡れ衣は無事晴れたってわけですわ」
正宗が首を巡らせ、清一郎を見る。
「本当か?」
「……あ、あぁ」
「光乃には?」
「まだ……」
清一郎の卑屈な表情から、正宗は彼が真実を隠すつもりだったことに気付いてしまう。怒鳴りつけようと眉を吊り上げた正宗だったが、何とか怒りを押さえこみ清一郎へ言った。
「もう光乃を縛る理由はないよな?」
「……」
清一郎が唇を噛みうなだれる。正宗は清一郎から冷たく視線を切ると、光乃の元へと急いだ。勝者へ祝いの言葉を届けるために。
光乃が優勝を収め、数日間に及んだ『武闘会』は幕を閉じた。
その夜、戒籠寺侯爵家では参加者たちを慰労するためのパーティーが執り行われた。