新月の今宵、屋敷には香が焚きこめられていた。鼻奥がチクチクするようなにおいだ。僕はふえっ、と出かけたくしゃみをこらえた。
まさか倉庫が燃えている? 日中はよく晴れた穏やかな陽気で、だんご屋の炭火の匂いでお腹がすいたことを思い出す。
一度悪い想像をしてしまうと、不安で居ても立ってもいられない。外の様子を見ようとしたところでぐいと肩をつかんで引きもどされた。

「っ、とっ、と」
「夜に顔を出すんじゃない」
「で、でも、このにおい……」
「邪気除けのオケラだ。お前が憂いることはない。誰かが火元を見張っているはずだ」

 何とも言えぬもやもやを抱きながら、文兵衛を見上げた。