手水鉢の水面は波紋を描いていた。
 ひとりのはずが、音もなく人影が寄り添う。

「シロネ、泣いてるのか」
「……っ、あ、違います」
「違くないだろう? そんな悲しそうな顔をしてどうした」

 振り仰ぐと、苦しそうな表情の字七に見つめられていた。

「……好きな人に見放されたくないんです」

 向けられた表情に、ひとつまみの哀れみが混ざる。
 旦那さまの守りたいものに入れてもらえなかった。それでも僕は文兵衛を守りたい。どうしようもなく欲張りだ。これが恋に落ちた、なのだと理解した。
 見放されても、いま文兵衛を救えるのは自分だけだ。