「うん。休日なのにありがとう。ちゃんと平日どこかで休みとれよ。
お疲れ様」

「いい上司だね」

電話を切った俺に、水野がまた戸を閉めながら話しかける。

服も髪も綺麗になったなと思う。
でも声や目は何も変わらない。あの水野だ。

水野が隣に立っている。
水野の隣に立っている。

「普通だよ」

平然を装い、目を逸らす。

「昔から後輩の面倒見がいいもんね。副部長だし」

「そんなことないよ」

「あるよ。後輩はみんな矢田は話しやすいって言ってた」

「懐かしいよな、ここでバイトしてたの」

まさかそうやって覚えられていたとは思わず、
狼狽えるのを隠して答える。

「今仕事は何してるの?」

「オフィスのインテリア関係。営業だよ」

「大変そう」

「まあ。営業はなんでも屋だから。コンペから納品から入居後まで全部把握しとかないと」

「面白い?」

「最近は内装に凝る会社多いから楽しいよ」

音楽とはあまり関係ない仕事だけど、あの時の俺が選んだ楽しい仕事だ。
きっと今の俺でもこの仕事を選ぶだろう。

「良かった」

水野は嬉しそうに微笑んだ。その柔らかさにほっとした。

水野がいつも俺を思いやったこと、俺が生きやすいと水野の方が喜んだ昔を思い出した。