それからまた数年経って、職場の後輩に誘われライブに初めて行った。

仕事も忙しかったし、舞台上にいる水野を下から見たらどんな気持ちになるのか
想像もつかなくて行けなかった。

これまでいくら言われても足が向かなかったのに、なぜだろう。

今回の人事で念願の管理職に昇進したからか。
流石に古びたベース処分したからか。

俺ではないベーシストと目を合わせる水野を観客席から眺める。
ステージライトが神々しく輝く。
でもそれが似合わないほど、演奏は泥臭く熟練されている。

何もかもが抜群。
これが水野のやりたい音楽だと思った。安心できた。

その日、水野はライブの最後に、客席に向かってこう叫んだ。

「ありがとう!」

水野の嫌いだった言葉だ。

毛嫌いしていたその言葉を使うようになるまでに、
一体何があったのか、どんな経験をしてきたのか。
俺は知ることができない。

水野のありがとうに、ありがとうと叫び返す隣の客。
お前にはこの重みが分かるのか。この野郎。