アパートまでの道すがら、俺は選んだ。

「いいじゃん。やれよ。またとないチャンスだぞ。大きい事務所だし」

「お前はそれでいいのかよ」

同じバンドのメンバーを連れてきたいならそれでもいいと、事務所の人は言っている。
それほど水野の才能に惚れ込んでいるのだ。

「俺?プロになるつもりなんてないよ、器じゃないし」

「ベースはお前だろ」

「作詞も作曲もお前だろ。
俺はたまたまクラスが一緒で、たまたま兄貴のベースが家にあっただけじゃん。
俺はついていけない。
普通に就職して結婚して、普通の人生送るよ」

「は?」

感情をむき出しにして怒る水野を諭すように、落ち着いたトーンで語りかける。

「水野、才能あるんだから、やれよ」

俺の言葉を聞いて、水野も選び、選ぶことを諦めた。

「もういいよ」

くるりと俺に向けた背を、振り返ることなく俺だって歩き始める。


今までありがとう、くらい、言えば良かった。




そのころちょうどサークルの後輩のバンドにベースの欠員が出ていた。
俺はサポートメンバーとして加入した。

正式な加入も打診されたが、就職活動を理由に断った。

そうして俺は、俺の思う普通の道を選んだ。