「矢田、弦張り替えて」

練習終わり、二人きりになったスタジオで水野が新品のベースの弦を手渡してくる。

「え?いいよ。この前替えたばっかりだし」

「気になるから」

「いいよ、水野がやって」

弦を受け取る代わりに水野にベースを差し出す。

ジッパーと鉄が擦れる耳障りな音が空間に響く。
張り替えたばかりのまだ使えるものが、水野の手のひらからこぼれ落ちる。

俺は意を決して水野に言った。

「お前もっと言い方があるだろ。
あんなんじゃあいつも萎縮するし良い演奏になるものもならない」

水野は作業をやめないまま、なんだそれ、とつぶやいた。

「お前は正規のメンバーなんだからもっと責任持てよ」

水野の的外れな回答に俺もため息をつく。

ライブが近づくと最近はいつも険悪な雰囲気が流れる。

舞台上で目を合わせたって、音を合わせたって、あの頃の興奮はもう味わえない。
何も考えず楽しめた昔のことばかり思い返すようになっていた。


いつこの天才にお前の演奏じゃだめだと怒られて切り捨てられてもおかしくない。
自信は遠くに消え去った。