朝になれば、水野は昨夜なんてなかったみたいにけろりとしている。

夢を見ていたのは俺の方なんじゃないかと思うくらいにだ。

「おはよう」

水野の起き切った声に突き動かされて壁の時計を見ると、その針はもう10時を指していて、
1限はすでに飛ばしてしまったと一瞬で悟る。

「おはよ」

「はい、水」

頭をかきながら水野のもとへ寄る起き抜けの俺に、水野が水をすかさず渡してくれた。
昨夜のアルコールのせいで渇ききった口の中に水分が優しく沁みる。

「新曲、次のコンテストに間に合いそうだよ」

俺たちは学祭や定期的な発表会だけでは飽き足らず、小さなバンドコンテストにも出場するようになっていた。

「ほんと?良かった」

「詞がもうちょっと」

水野は床に置いたノートを見つめて言葉を絞り出そうとしている。

そして何かひらめいたように書き込むと、今度はペンを置いてまた考え込みながら口を開いた。

「矢田が詞書くように提案してくれてよかったわ。
日常の全部が歌詞になれそう。
見える景色をどんなふうに言い換えたら曲に乗って本音になるか、考えるようになった」

「ふうん。目に見えるものを歌詞にしてんだ」

「お前のそのボサボサ頭も、伸びかけの髭も、安っぽいTシャツも、その手も、目も、心臓も、
全部歌詞になるよ」

「…心臓は見えないだろ」

水野があまりにざっくばらんに言うから、反応が遅れた。

「あるのはわかる。へへ」

「腹減った」

俺がそう言うと、水野は手を止め側にあった財布を拾い上げる。

「牛丼行くか」

俺の心を読んだみたいに、新しい一日へと手を引いてくれる。