バンドをやる、ライブをやるなら軽音楽部に入らなくてもできた。
それでもそうしたのには理由がある。バイトだ。
うちを選べば良いバイト先を紹介するという先輩の言葉に俺たちは二人とも釣られた。

紹介されたのは大学の近くにある個人経営の居酒屋だった。
確かに大将は学生のノリに理解がある優しい人で、
シフトの融通も利き、給料も悪くはなく、賄いも食べられた。
ただし、とにかく忙しい。
失敗したなと思っていたが、続けていたのはきっと水野がいたからだ。

後述するが、水野は大学を3年次に辞めることになる。
それと同時にバイトも辞め、俺の前からいなくなった。
俺もそれからしばらくして、就職活動を機にバイトは辞める。


今はもうないその居酒屋と同じ場所に、全く違う小綺麗な居酒屋ができていた。

その前は確か弁当屋で、その前の前は雑貨屋だった。
もしかしたら俺が知らない間に違う店になった時期もあるかもしれない。
しっくりぴったり来る店を求め、あっちに行ってはこっちに行く土地の顔が想像できる。
焦りながらもちょっと楽しげなのだ。

あの頃偉大な存在だった店長については生死すら知らない。

そこに長い年月が経ってからこうしてまた訪れるなんて、
強制参加の同窓会がなければしなかっただろう。