――翌日。
ハロルドは直接、黒衣の男の尋問をする事にした。負傷したクラウドは、改めて王宮の医官に任せ、マリアローズの事は後宮の部屋で休ませている。今回ばかりは、ハロルドも後宮にきちんと近衛騎士を待機させ、マリアローズの周囲の警備も厳重にした。クラウドの客間もそれは同じだ。侍従や侍女……という名で、普段は実際に侍従や侍女と同じ事をしている騎士団の暗部の者も配置している。彼らがいるからこそ、ハロルドはマリアローズを自由に歩きまわらせているとも言える。
そんな万全な護衛体制の中で、ハロルドは王宮から少し離れた王都の一角にある危険人物を投獄する監獄塔へと訪れていた。目立たぬように質素な外套を纏ったハロルドは、無表情で黒衣の男がいる牢の前に立つ。監視者二名が深々と頭を下げる。
「いい」
姿勢を正すように述べると、槍を持った二人がそれに従った。
「改めて聞くが、狙いは誰だ?」
――マリアローズであったら?
それがハロルドにとって最も怖い想像だった。だが状況的には、己やマリアローズである可能性は限りなく低いというのは理解している。
「クラウドだな?」
「……」
俯いている男は何も言わない。びっしりと汗を掻いているのは、既に少々手荒な尋問を暗部の者が行った結果だろう。
「答えよ」
「……」
「正直に答えたならば、帝国にいるお前の妹の命を助けるように、次期皇帝陛下に進言する用意がある」
「っ」
すると初めて黒衣の男の肩が揺れ、彼が顔を上げた。
「何故……何故知っているんだ?」
「パラセレネ王国を侮らない事だな。今回は随分と泥を塗ってくれたが。全て調査済みだ。侯爵夫人が手引きしたようだな」
「……」
「既に彼女は、この上の階の牢にいる。侯爵夫人は、素直に話す事と、死んだ方がマシな目に遭ってから話す事の内、前者を選んだ。実に聡明だ」
冷酷な表情でそう述べたハロルドは、続けて唇を動かし、言葉を紡ぐ。
「お前の口から直接聞きたい。誰が狙いだ?」
「……クラウド皇太子殿下です」
「やはりな。それで? 誰に依頼された? お前の私怨だとは思えないが」
再び男が沈黙した。肩を持ち上げ首を亀のように窄め、前のめりになっている。
「本当に、妹を助けてくれるのか?」
「お前の態度次第で、進言すると伝えたつもりだが?」
「ッ……帝国の、第二皇妃殿下だ。第二皇子殿下を即位させるために、元々人を狩る猟師だった俺を雇った。俺は第二皇妃殿下の庭園で庭師をしていて……もう足は洗っていたんだ。でも……金が必要だった。妹は、このままじゃ、歩けなくなる。薬がいるんだ。だから、頼む……頼むから」
切実さが滲む声で男が語るのを、無感動な様子でハロルドが見ている。
「窮鳥懐に入れば猟師も殺さずとはよく言うが、残念ながら、俺は猟師ではないものでな。伝えはするが、クラウド皇太子殿下もまた、猟師ではない」
「なっ、そんな……っ」
踵を返し、ハロルドは歩きはじめる。男の慟哭が、長いこと石造りの牢獄に響いていた。
その足で、ハロルドはクラウドの元へと向かい、事情を全て話した。
ハロルドは直接、黒衣の男の尋問をする事にした。負傷したクラウドは、改めて王宮の医官に任せ、マリアローズの事は後宮の部屋で休ませている。今回ばかりは、ハロルドも後宮にきちんと近衛騎士を待機させ、マリアローズの周囲の警備も厳重にした。クラウドの客間もそれは同じだ。侍従や侍女……という名で、普段は実際に侍従や侍女と同じ事をしている騎士団の暗部の者も配置している。彼らがいるからこそ、ハロルドはマリアローズを自由に歩きまわらせているとも言える。
そんな万全な護衛体制の中で、ハロルドは王宮から少し離れた王都の一角にある危険人物を投獄する監獄塔へと訪れていた。目立たぬように質素な外套を纏ったハロルドは、無表情で黒衣の男がいる牢の前に立つ。監視者二名が深々と頭を下げる。
「いい」
姿勢を正すように述べると、槍を持った二人がそれに従った。
「改めて聞くが、狙いは誰だ?」
――マリアローズであったら?
それがハロルドにとって最も怖い想像だった。だが状況的には、己やマリアローズである可能性は限りなく低いというのは理解している。
「クラウドだな?」
「……」
俯いている男は何も言わない。びっしりと汗を掻いているのは、既に少々手荒な尋問を暗部の者が行った結果だろう。
「答えよ」
「……」
「正直に答えたならば、帝国にいるお前の妹の命を助けるように、次期皇帝陛下に進言する用意がある」
「っ」
すると初めて黒衣の男の肩が揺れ、彼が顔を上げた。
「何故……何故知っているんだ?」
「パラセレネ王国を侮らない事だな。今回は随分と泥を塗ってくれたが。全て調査済みだ。侯爵夫人が手引きしたようだな」
「……」
「既に彼女は、この上の階の牢にいる。侯爵夫人は、素直に話す事と、死んだ方がマシな目に遭ってから話す事の内、前者を選んだ。実に聡明だ」
冷酷な表情でそう述べたハロルドは、続けて唇を動かし、言葉を紡ぐ。
「お前の口から直接聞きたい。誰が狙いだ?」
「……クラウド皇太子殿下です」
「やはりな。それで? 誰に依頼された? お前の私怨だとは思えないが」
再び男が沈黙した。肩を持ち上げ首を亀のように窄め、前のめりになっている。
「本当に、妹を助けてくれるのか?」
「お前の態度次第で、進言すると伝えたつもりだが?」
「ッ……帝国の、第二皇妃殿下だ。第二皇子殿下を即位させるために、元々人を狩る猟師だった俺を雇った。俺は第二皇妃殿下の庭園で庭師をしていて……もう足は洗っていたんだ。でも……金が必要だった。妹は、このままじゃ、歩けなくなる。薬がいるんだ。だから、頼む……頼むから」
切実さが滲む声で男が語るのを、無感動な様子でハロルドが見ている。
「窮鳥懐に入れば猟師も殺さずとはよく言うが、残念ながら、俺は猟師ではないものでな。伝えはするが、クラウド皇太子殿下もまた、猟師ではない」
「なっ、そんな……っ」
踵を返し、ハロルドは歩きはじめる。男の慟哭が、長いこと石造りの牢獄に響いていた。
その足で、ハロルドはクラウドの元へと向かい、事情を全て話した。