さすがに後宮には立ち入らせる事が出来ないため、マリアローズは王宮の南側の庭園の案内をしていた。紫色の桔梗が咲き乱れている。
「いかがですか?」
「うん。綺麗だね」
「よかったわ。クラウドの瞳の色に似ているわね、この花は」
「僕はマリアローズになら、この色のドレスを贈っても構わないぞ」
「紫色のドレスですか? パラセレネ王国の後宮は、困窮しているわけではないので、お気遣いなく」
「そ、そう」
そんなやりとりをしながら、二人で庭園のベンチへと向かった。そして並んで座る。
「そういえばマリアローズは、エルバ王国の出自なのか?」
「ええ」
「ふぅん。三年前に僕も出かけた。良い国だった。海に面した国だろう? 潮風と白い鳥が印象的だった」
それを聞いて、マリアローズは目を丸くした。白い鳥が、脳裏に浮かんでくる。潮風の香りも、ここにはあるはずがないのだが、薫ってくる気がする。
すると快活さを感じさせる表情で、クラウドが続ける。
「特に海産物は絶品だったし、街の者達も良くしてくれた。民に活気のある国だったな」
「そうですか」
「国王陛下夫妻も、とてもよくして下さった。僕の国にも、エルバ王家から侯爵家にミーナ夫人が嫁いでいて、夜会でお会いしたこともある」
「まぁ! ミーナお姉様をご存じなのですか?」
「うん。優しい方だったよ」
思わぬ場所で母国と家族の話を聞いたら、懐古の念が浮かんできて、涙腺が緩んだマリアローズは、涙が見えないようにしようと空を見上げた。白い雲を見上げて涙を乾かしていると、今度は無性に嬉しさで胸が満ちた。結果、自然と笑顔が浮かんできたから、その表情のままでクラウドを見やる。
「ありがとうございます」
クラウドはその表情に対し目を丸くしてから、心なしか照れたように顔を背けた。
「……これは、ハロルドも心配するのが分かるな」
「え?」
「いいや、なんでもないよ」
濁したクラウドは、それからチラリと王宮を見上げた。そしてニヤリと笑ったので、不思議に思ってマリアローズもそちらを見上げる。そこには執務室の窓から、こちらを見ているハロルド陛下があった。
「あ……仕事をさぼってる」
思わずマリアローズが呟くと、クラウドが吹き出した。肩を揺らして笑っている。
「僕はそういう事じゃないと思うけどな」
「では、どういう事ですの?」
「さぁね」
クラウドはそう言うと立ち上がった。
「次の庭園が見たいな」
「ええ。お連れ致します」
こうしてこの日は、夕暮れまで王宮の各地をまわった。クラウドは夕食に関してハロルド陛下と食べるとのことで、マリアローズはそこでクラウドと別れて後宮へと戻った。