その内に、毎日働いているマリアローズであるが、この日は久しぶりに休暇を得た。
 ――本日は、雨だ。
 雪ではないし、霙でもない。雨特有の肌寒さはあるが、凍てつくような寒さとは異なる。木々には花の蕾が見え始め、やっと春の気配を身近に感じ始めた。

「ほとんど雪も融けたわね」

 私室でマリアローズは窓辺に立ち、ガラスに手で触れていた。
 しとしとと降る雨が、すぐ下に見える庭園の緑を濡らしていく。雲の色は、濃い灰色だ。

『また新しい春だね』
「ええ」

 《魔法の鏡》の言葉に振り返ったマリアローズは、そちらへと歩みよる。そして己の姿が映ったのを確認しつつ、《魔法の鏡》に問いかけた。

「あなたも結婚式に招待したいのだけれど、運んでもいい?」
『僕は後宮からは動けないからね、運ぶのは無理だよ』
「そうなの? 残念ね……」
『でも、大丈夫。僕は遠くからでも、きちんと二人が幸せに式を迎えるところを、感じ取ることが出来るから。歴代の国王と正妃の式の全てを、僕は見てきたんだ』
「まぁ、そうなの?」

 マリアローズは驚いたものの、《魔法の鏡》は不思議な存在なので、そういうことも可能だろうと考えた。大切な親友に、見てもらえるというのは、とても嬉しいことでもある。

『マリアローズ、とびきり幸せになるようにね』
「ええ、約束するわ。私は、私自身とハロルドを幸せにする」
『その意気だよ。幸せは、自分の手で掴みに行くのが、僕もいいと思うんだ』

 この日マリアローズは、久しぶりにゆっくりと、《魔法の鏡》と話をして過ごした。
 考えてみれば《魔法の鏡》を受け継いだことで、今の自分があるようにも思う。いいや、ハロルドの母である前正妃様をはじめ、皆のおかげだと、マリアローズは考え直した。



 翌日は、打って変わって快晴だった。
 ハロルドの執務室において、マリアローズは紅茶を飲んでいる。今日はマリアローズの方が早く仕事が片付き、ハロルドの方が唸りながらペンを手にしている。こうして見ていると、執務に真剣に取り組むハロルドの姿は、確かに格好いい。文官をはじめとした城の者が見惚れる気持ちが、やっと分かってきた。外見だけではなく、その仕事に臨む姿勢が目を惹くのだろう。

「なんだ?」
「あ、ううん。なんでもない」

 視線に気づいたハロルドに問いかけられ、マリアローズは曖昧に笑って誤魔化した。
 そしてカップの中身を飲み干して立ち上がる。

「今日は私が手伝うわ」
「いい。俺一人で足りる。終わったんなら、少し休め」
「最近、私に休暇を多く下さるのね」
「――好きな相手を気遣いたいと思って、何か悪いことがあるか?」
「っ、い、今までもその気遣いを見せて欲しかったのですけれど?」
「悪いな、どんどん好きになっていって」
「じょ、冗談です。急にそういうことを言うのを辞めて下さらない? 心臓に悪すぎます」

 マリアローズが露骨に照れると、顔を上げたハロルドが意地悪く笑った。

「最近の俺の楽しみが分かるか?」
「え?」
「マリアローズを照れさせることだ。いかに照れさせるか、いつも考えている」
「なんです、それ! からかっているのね!」
「いいや、きちんと本心だ」

 ハロルドの笑みを噛みしめるような表情に、マリアローズは遊ばれているようで悔しくなったが何も言えなかった。それくらい、ハロルドの様々な表情が好きになってしまったからだ。