本日は出席が決定した者達のリストアップをしながら、席順を考えている。
 爵位の関連もあるし、決して気を抜くわけにはいかない。
 だがこうした結婚式の準備だけではない以上、チラリとマリアローズが執務机の上を見れば、右側には今作成している席順を検討するための資料、左側には次の春へと向けた後宮主催の行事の試案のための資料が山積みだ。

 皇太后から正妃に戻っての主催となる。やり方は覚えているが、毎年伝統を重んじつつ変化をつけなければならないため、こちらも気を抜く事が出来ない。春にはまず、新緑と花を愛でる行事がある。特にバラを見る行事は、大切なものだ。歴代の正妃が作らせてきた後宮の庭園を、貴族の夫人や令嬢に、普段は公開しない場所まで公開する。

 庭師には、春に入ってすぐどのようなかたちに庭園を任せたいかは、指示してある。

 既に年が明けて一ヵ月。
 寒さは今が一番厳しい。今月の半ばを境に、少しずつ春の兆しが、例年見え始める。

「マリアローズ」

 声をかけられたので顔を上げると、ハロルドが普段マリアローズが紅茶を淹れる席へと歩み寄り、ティーポットを持ち上げたところだった。

「少し休まないか?」
「あら、珍しいですね」
「ここ数日、ろくにマリアローズと話していないと思ってな」
「仕事が立て込んでいるんですもの」
「俺はもう、今日の分は片付けた」
「ハロルドが終わっても、私はまだなの」
「――だから、俺がお前を手伝えるという話だ。少し休め。茶を飲みながら、分担の打ち合わせをするぞ」

 今までからは考えられないようなハロルドの言葉に、目を見開いてから、マリアローズは実に嬉しそうに破顔した。幸せこの上ないといったような笑みは、可憐の一言に尽きる。それを見て虚を突かれた様子のハロルドは、それから耳と頬を朱くして、顔を背けた。

 その後二人で飲んだお茶の温度は、とても優しかった。
 そのようにして、冬の寒さの中も温かな気持ちで、二人は執務を乗り切った。



 それから少しして、聖ルルカスの日が訪れた。この日は、愛する相手に薔薇とクッキーを贈り合うという祝祭である。男性から女性へ、女性から男性へ、それぞれ恋人や夫婦の間で贈り合う。また、片想いの場合も贈ってよいことになっているし、家族や周囲の親愛なる相手に渡すことも多い。

 マリアローズは皇太后として、なにかと義理で、花束とクッキーが入った箱を手配することが多い。昨年までは、その義理の一環で、ハロルドにも贈ってきた。しかし今年は違う。愛する相手だと認識した上で渡すのだから。

 新しい年が訪れて二ヵ月、マリアローズはどのようなクッキーを渡そうか悩んでいた。

「ねぇ、《魔法の鏡》? チョコレートクッキーなんてどうかしら?」
『いいんじゃないかなぁ』
「そうよね。ハロルドは、チョコレートが好きみたいだし」
『そうなの?』
「ええ。いつも執務室に置いてあるもの」
『それはマリアローズがチョコレートを好きだから、マリアローズのためにハロルド陛下は用意させているんだと思うけどなぁ』
「え? そうなのかしら」
『まぁ嫌いではないと思うけどね。マリアローズから貰ったら、なんだって嬉しいんじゃないかな』

 《魔法の鏡》の声に、マリアローズは微苦笑した。『なんでも』は、一番困る。

「喜んでもらえると嬉しいんだけれど」

 そう述べてから、マリアローズは、過去のことを踏まえ、自分で買いに行くことはせず、ひっそりと厨房に依頼して、チョコレートクッキーを作ってもらった。包装は自分で行い、当日を待つ。

 ――その日、朝マリアローズが目を覚ますと、隣にハロルドの姿が無かった。
 朝一番に渡そうと思っていたので、慌てて取りに自分の部屋へと向かう。すると。

「わぁ」

 そこには大きな薔薇の花束があった。
 見惚れていると、テーブルの上に置かれているクッキーの箱に気がついた。
 頬が熱くなってくる。先を越されてしまった。

「私も渡さないと!」

 引き出しにしまっておいた箱と、一輪の薔薇を手に、マリアローズはハロルドの部屋へと向かった。そこには、座っているハロルドの姿があった。まだ着替えていない状態で、書類を確認している。着替えていないのは、マリアローズも同じだ。ガウンだけは羽織って急いだ結果だ。

「おはよう、ハロルド。これ」

 マリアローズが箱と薔薇を渡すと、柔らかな微笑を浮かべてハロルドがそれを受け取った。そして立ち上がると、あいていた花瓶の一つに、一本の薔薇を差す。それを見ながら、マリアローズは問いかけた。

「ハロルドってチョコレートは好き?」
「ん? 嫌いではないが、どうして?」
「いつも執務室にチョコレートがあるのは、貴方のため? それとも、私のため?」
「そんなものは決まっているだろう」

 ハロルドはそう言ってマリアローズの前に立つと、マリアローズを抱き寄せた。

「お前のためだよ」