聖夜が過ぎると、この国は年末に向けて本格的な準備が始まる。
 聖夜が恋人達の祝祭とするならば、一年最後の日は、家族同士で過ごすと決まっている大切な日だ。王宮の者達は、年末年始の期間が過ぎてから順番に休みを取ることが多いから、王宮では通常通り働いている者も多いが、例年この日は宰相閣下でさえ王宮には顔を出さない。

 まだ夫婦という意味での家族というわけではないが、年の瀬の最後の日まで仕事をしていたマリアローズは、やっとそれが落ち着いた時、そばでこちらも仕事をしていたハロルドを見た。といっても執務室ではなく、今はハロルドの部屋で、持ち帰った書類を片付けていた。それぞれの部屋で行ってもよかったのだが、なんとなく一緒にいたかった。

「少し飲むか?」

 一段落した時、珍しくハロルドがそう声をかけた。マリアローズが視線を向けると、ハロルドが立ち上がり、チェストへと歩みよる。そこにはシャンパンの瓶があった。魔術のかかった氷で、いつも冷やされている品だ。

「そうね」

 一年最後の日に、家族だけで酒やジュースを飲むのが、この国の文化だ。
 微笑してマリアローズは頷く。
 すると頷き返したハロルドが、瓶をテーブルに置いてから、チェストの上に伏せておいてあったグラスを二つ手に、応接席へとついた。長椅子に座っているハロルドの隣に、マリアローズも腰を下ろす。

 ハロルドが瓶を傾けると、炭酸の弾けるような音がした。二つのグラスが白いシャンパンで満たされる。瓶を置いたハロルドが、片方のグラスをマリアローズに差し出した。笑顔でマリアローズはそれを受け取る。

「乾杯」

 ハロルドの声に、頷きマリアローズはグラスを合わせた。
 そしてシャンパンを口に含めば、炭酸の感覚と同時に、柔らかな葡萄の風味が口の中に広がった。

「美味しい」
「そうだな。俺もこの味は嫌いじゃない」

 飲みやすいシャンパンを、マリアローズは堪能した。

「ハロルドは、お酒が好きなの? あまり率先して飲んでいるイメージは無いけれど」
「好きというわけではないが、弱くはないぞ」
「そうなのね」
「マリアローズこそどうなんだ?」
「私も弱くは無いと思うの。ただ、夜会以外では飲む事はほとんど無いかしら」

 マリアローズが答えると、ゆっくりとハロルドが頷いた。

「仕事で飲む酒、付き合いの酒と、個人的に飲む酒は味が違う気がするんだ。だからこうして、マリアローズと一緒に飲むのなら、俺は酒が好きだと言える」
「そういうものなの?」
「ああ。もっとも、マリアローズが隣にいたら、大体なんだって美味に感じるかも知れないが」

 さらりと言われて、マリアローズは照れそうになった。

「……私も」
「ん?」
「ハロルドが隣にいるのなら、なんでも好きだって言えるかもしれないわ」

 気恥ずかしくなりつつマリアローズがそう答えると、目を丸くした後ハロルドが破顔した。