……――か、に見えた数日後。
ハロルドは、いつかも訪れた王都の外れにある牢獄塔へとやってきた。
ブーツの踵の音を響かせて歩いていき、目的の鉄格子の前で、ハロルドは立ち止まる。
そこには、サテリッテ・ナザリアが椅子に座った状態で拘束されている。
「赦されると思っていたか?」
感情の窺えない無機質な声を投げかけたハロルドを、顔を上げたサテリッテが嘲笑するように見据えた。乱れた髪が、幾重にもほつれて垂れている。
「赦すわけがないだろう。俺のマリアローズに手を出したのだから。たとえ神々が赦そうとも、マリアローズが嘆願しようとも、俺は決してお前を赦さない」
氷さえさらに凍てつかせるような絶対零度の声音が、静かな牢獄に響き渡る。看守達の背までゾクリと冷えた。
「早々、報告を受けてな。俺は、ナザリア伯爵の王都邸宅の離れにある隠し部屋に足を運んだぞ。半地下のあの悍ましい部屋に、な」
冷ややかな声でハロルドが続けると、サテリッテが愉悦にまみれたような表情を浮かべた。そこに垣間見えるのは、ある種の狂気だ。
「お前が愛していたのは、俺ではないようだな」
「――ええ、そうよ。私が愛していたのは、マリアローズ皇太后陛下よ」
断言すると、悍ましい哄笑を彼女が放った。目を剥いている彼女の瞳には、歪んだ光が宿っている。
「非常に気分が悪い。あの部屋の壁中に、マリアローズの似姿や油絵、スケッチが貼り付けられていたのを見た時は、吐き気がした」
ハロルドは回想しながら、部屋に散乱していた便せんの山を思い出す。全て文字が掠れていた。そしてそこには、マリアローズの名と――好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、と、壊れたように綴られていた。
「俺はお前の感情を、愛とは認めない。ただただ、マリアローズを害するだけのものなど、恋情ではない」
「そもそも悪いのは全て貴方よ!! 貴方なのよ!! 最初は貴方を利用してやるつもりだったのよ? 正妃になって、誰よりもマリアローズ皇太后陛下のおそばに行こうと考えて――けれど、けれど! あの夜会の夜の忌々しい青。貴方の瞳なんて抉り出してやりたいほどよ。よりにもよってマリアローズ皇太后陛下を、貴方の色に染め上げようとしている? そんな事を許容できるはずがないじゃない!!」
顎を持ち上げ、ハロルドは叫ぶサテリッテを蔑むように見据える。
その前で、サテリッテが続ける。
「マリアローズ皇太后陛下が手に入らないのならば、殺して私のものにしてしまおうと思ったのですわ! 当然でしょう!? マリアローズ皇太后陛下は私のものなのだから!」
その笑みさえ含んだ大声を静かに聞いていたハロルドは、瞼を伏せながら小さく斜め下へと顔を向ける。
「今回こそ、俺は猟師にはなれないようだ」
そしてそう呟き双眸を開けると、檻の扉の左右に居た看守をそれぞれ見る。
「連れて行け」
「御意」
右側の看守が答え、左側の看守が檻の扉を開ける。
壁際に下がり、無機質な表情で、ハロルドは鎖を引かれるサテリッテを眺めていた。その視線は、二人に連行され、彼女の姿がこの階から消えるまでの間、ずっと暗さを宿したまま向けられていたのだった。