マリアローズが去った部屋で、ハロルドは朝方リストを持ってきた文官の女性が改めて訪れたので、彼女と話していた。彼女はひと気がある場合は一般的な王宮の文官を装っているが、実際には騎士団の暗部に所属する凄腕の密偵だ。たとえば彼女もまた、王宮の侍従や侍女を監視している一人だ。

「そうか、青林檎香の成分から特定した林檎の品種から、ナザリア伯爵領地のものだと特定できたか」
「はい。また、サテリッテ・ナザリアは、数日前に七輪を購入しております」
「間違いないな」

 冷徹な目をして、ハロルドが地を這うような声を出す。
 その時、乱暴に扉が開き、別の密偵が入ってきた。

「大変でございます、マリアローズ様が街にお出になられて……サテリッテ・ナザリアに尾行されておられます。我々は監視と護衛をしておりますが、非常に危険な状態と存じ、ご報告に――」
「なんだと!?」

 唖然とした様子の険しい顔で立ち上がったハロルドは、嫌な動悸に襲われながら、走るようにして執務室を出た。