「鏡よ、鏡。この国で一番美しいのは誰?」
『それは、ハロルド陛下でございます』

 今日も《魔法の鏡》の回答は、いつもと同じである。問いかけたマリアローズは、目が虚ろになった。現在鏡には、この国の現国王であるハロルドが映っている。その姿を憮然たる顔で見ていると、その姿はすぐに消え、また元の通りにマリアローズが鏡に映った。

 マリアローズは、己の緑色の瞳を眺めてから、右側で垂らしている茶色の長い髪が少し乱れていたので、手で直す。本日のドレスは、ベイビーブルーのマーメイドだ。ドレスに合わせた同色の扇を右手で持ち、マリアローズは嘆息した。

「確かに、ハロルド陛下は、顔はいいんだけれど……」

 ……けれど。
 そう続けたマリアローズは、言いたいことがたくさんあった。

「昔はもっと素直だったのに、どうしてあんな風に育ったのかしら」

 マリアローズは、幼くしてこのパラセレネ王国の後宮へと嫁いできた。
 九歳のことである。
 初めて後宮の庭園に足を踏み入れた際、マリアローズはハロルドと遭遇した。
 今でもその記憶は色濃い。
 二歳年上のハロルドとは、その後も何度か顔を合わせた。
 当時のハロルドは、優しく穏やかに笑い、とても素直だった。後宮において、他に同年代の者もおらず、マリアローズはハロルドと話すことが非常に楽しかった。

 だがそれは、ハロルドが次期国王として、本格的に帝王学を学ぶため、後宮ではなく王宮の部屋で暮らすようになった頃、終わりを告げた。マリアローズが十四歳、ハロルドが十六歳の時である。マリアローズは、当初寂しくて、一緒に眺めた思い出がある白い百合に触れながら、涙で目を潤ませたものである。

 ――それが、再会したら、どうだ?

 マリアローズは目を据わらせて、《魔法の鏡》を見る。鏡に映る己の顔は、疲れきっている。思わずため息をつきながら、マリアローズは目を伏せた。長い睫毛が影を落としている。すると頭の中に、幼少時の出来事が、より鮮明に浮かんできた。