「どうもー。牛の首チャンネルのモーと、相棒のワンさんです。ご覧いただきありがとうございます」
不穏に動画が終わるのは、もはや演出なのかもしれない。登録者を増やすためには惹きつける魅力がなくてはならないが、簡単な映像編集しかできないらしいモーだ。例え動画がヤラセでなくとも、エンタメ要素の強いチャンネルには負けてしまう。意外とおもしろいのになと、牛の首チャンネルに人気がないのをもったいなく思った。
「今回は、部屋での撮影です。部屋は二回目ですね。前回はワンさんに名前などを質問した動画でしたが、教えてくれませんでした。教えてくれないのは今もですけど」
でも前より仲良くはなったかな、とモーは嬉しそうに言った。
「今後ね、少しずつ教えてもらえるといいですよね。その時はまた動画にすると思いますので、ぜひ楽しみにしていてください。それでは、今回の動画についてですが……」
モーはおもむろに立ち上がると、部屋の電気を消した。外はまだ夜には遠いらしく、カーテンの隙間から外光がうっすらと射し込む。カメラの前に戻ったモーは心霊スポットで使っている懐中電灯を付けると、それを自分とワンさんをほんのり照らす所へ置いた。
「はい。兼ねてより楽しみにしていた、心霊写真特集でーす。たくさん集まりました〜」
ぱちぱちぱち。モーがひとりで鳴らす拍手はさほど大きくなく、けれど部屋の中に響いた。
「心霊写真特集やりたいとは言ってたんですけど、こんなに早く実現するとは思いませんでした。それもこれも牛の首チャンネルを応援してくださる皆さんのおかげです。本当にありがとうございます」
頭を下げたモーは、この時ばかりは本当に嬉しそうだった。いつもの抑揚のない喋りの中にわずかな照れが見え、可愛らしい一面もあるじゃないかと俺は微笑ましく思った。
「では早速、写真を紹介していこうと思います。ワンさんのスイッチも付けておきましょう。一緒に見てくださいね。まずはこちら〜」
パッと映像が切り替わる。映し出されたのは公園で子供を撮った何気ない写真だった。
「送られてきた文面を読みます。これは近所の公園で子供を撮ったものです。この公園にはよく行きますが、事故や事件があったという話は聞いたことがなく、こんな写真も初めてです。なぜ子供の足が捻れてしまっているのか、不安で仕方ありません」
写真に収まる子供の片足が、膝から下の空間が歪んだように捻れていた。モーは「うーん」と唸る。
「見事に捻れてますね。体の一部が消えるものだと、ご先祖様からの忠告だったり、幽霊が前を通ったからと言われるんですけど。これってどうなんでしょう。しかも捻れの中心に顔がありません? 気のせいかな」
俺は捻れの中心を見たが、モーの言う顔はわからなかった。
「ワンさん、これわかりますか?」
話しかけるモーに、ワンさんは犬のぬいぐるみとして言葉を繰り返した。だがそれ以降、ワンさんは沈黙してしまった。
「ワンさーん? ……どうしたんだろ、昨日からこの調子なんですよ。全然反応くれなくて。寝てんのかな」
映像が写真で固定されているため、俺にはモーとワンさんの様子が声でしかわからない。幽霊に寝てるもなにもあるのだろうかと疑問に思ったが、モーが「まぁいいか」と次の写真に切り替えてしまったので、俺も新たな心霊写真に意識が向いた。次は観光地での記念写真だった。
「えー、読みます。社員旅行で行った某観光地の滝の前での写真です。同僚三人で撮ったのですが、滝の中に顔のようなものが写っています。どこか遠くを見ているような横顔ですが、気味が悪いので送らせていただきました」
赤い手すりを背に、滝の前で三人の女性が笑顔を向けている。確かに滝の中に人の横顔らしきものがあるが、流れる水がそう見えるようにも感じる。これは気のせいでは、と思う微妙な写真だった。モーはまた唸っている。
「んー……横顔。横顔、なのかな。これのこと? 僕には正面を向いてる顔が見えるんですけど、これは違うのかな。よくわかんないです」
映像が写真で固定されたままで、その写真にはモーが疑問に思う箇所に印すらつけられていない。写真を編集で差し込めたはいいものの、それ以上のことはできなかったのだろう。モーの疑問は、恐らく俺をはじめとした視聴者全員に届くことはなかった。そして、あっさりと次の写真に切り替わった。
「これはご覧の通りです。しっかりカメラ見てますね。えーと、読みます。ツーリング仲間と峠で記念撮影したものです。景色が良かったので撮影したのですが、後ろは断崖絶壁でした。周りに人はいませんでしたし、後ろに人が立つには……」
そこで、部屋の呼び鈴が鳴った。
突如として入り込んだ現実の音に、俺は自分の部屋の音かと玄関を振り返った。けれど映像内のモーが「うわっ」とカメラを離れていく足音を立てたので、俺はほっと息をついた。写真の固定映像から一転、小包を持ったモーの姿が映る。
「撮影中なのにすみません。また心霊写真が届きました。送ってくれた皆さん、ありがとうございます」
モーはその包みを待ちきれないと開封し、入っていた何枚もの写真を眺めた。
「今動画でお届けしているのはデータで送っていただいたんですが、写真で送られてくるものもあります。編集技術のない僕なんで時間はかかりますが、なんとか写真を取り込んでまた心霊写真特集をしますね」
さて、と気を取り直したモーは届いたばかりの写真をワンさんの横に置いた。するとこれまで沈黙し続けていたワンさんが、モーの出す音とは関係なく上下に揺れ始めた。
『まだ集めるのかあああああ』
「うわ、びびった」
『お前はまだ集めるのかあああああ』
「え? はい、集めますよ」
『何も感じないのかあああああ』
「んー、僕は霊感がないですから」
『どうしてそんなに鈍いんだあああああ』
「鈍いって、どういうことなんですか?」
『見てるだろおおおおお』
「見てる?」
モーは眉間に皺を寄せて、ワンさんを見た。
『みんなお前を見てるだろおおおおお』
モーが勢いよく背後を振り返った。映像で見る限り部屋に異常はなく、カーテンの隙間から変わらず外光が差し込んでいる。モーは目に見えて安堵し、再びワンさんに向いた。
「みんなって誰です?」
『みんなだあああああ』
「部屋にいるんですか?」
『写真だあああああ』
「写真?」
ワンさんの横に置いた写真を一枚取り、モーはそれをカメラに見せた。旅館の部屋で撮ったらしい年代物のそれはぼやけているが、窓の外に人影があった。
「普通の心霊写真ですけど」
『お前を見てるぞおおおおお』
「えぇっ、そんなことないですよ」
『見てる見てる見てるううううう』
「いやいやそんな、ちょっと目が合う気がするくらいです」
『それだあああああ』
ワンさんは一際大きな声で叫んだ。犬のぬいぐるみが出し得る最大限で、音割れまでさせながら叫んだ。
『お前は気に入られているんだあああああ』
「……え?」
映像は暗転し、そこで途切れた。


