「どうもー。牛の首チャンネルのモーと、相棒のワンさんです。ご覧いただきありがとうございます」
不安しか残らない前回から一転、いつもの挨拶で次の動画は始まった。モーの抑揚のないしゃべりに安心感を覚える時がくるなど思いもしなかった。片手に持たれたワンさんは、今はおとなしいぬいぐるみとなっている。
「前回の心スポはとても怖かったですね。僕、めちゃくちゃ全力で逃げたので最後はブレまくっててすみませんでした。まだ見てない方は概要欄にURLを載せておきますので、ぜひ見てください」
それと、とモーは続ける。
「心霊写真は随時募集していますので、お持ちの方はコメントかDMで教えてください。よろしくお願いしまーす」
頭を下げて、モーは「さて」と本題に入った。
「今回は処刑場跡地に来ています。ご覧の通り真っ暗ですが、これからこの道を登っていきます」
映された背景には明かりひとつない山道があった。モーが照らしているので俺には明るく見えるが、それが消えればたちまち闇に呑まれてしまうだろう。その道を背に、モーは淡々と話を進めていく。
「で、新兵器を導入したのでこちらを試したいと思います。これ、わかる人いるかな。トリフィールドっていいます」
カメラに見せたのは、手のひらより少し大きな測定器のようなものだった。
「電磁波測定器です。幽霊っていうのは電磁波を発したり、電磁エネルギーで出来ていると言われています。なのでそれを感知して居場所がわかる、ということらしいです」
早速スイッチを入れると、トリフィールドはデジタル数値を表示してジィィーッと高く音を鳴らした。数値は1000を超していた。
「今、電気や電波のないこの場所での数値は0のはずなんです。この数値はもう普通じゃないんですよ。じゃあ、理由は何かと言いますと」
モーは反対の手に持つワンさんを近づけた。トリフィールドの数値はさらに大きくなった。
「幽霊は電磁波を発する、もしくは電磁エネルギーで出来ている。嘘じゃないかもしれませんね」
ジィィーッと不気味に音を鳴らし続けるトリフィールドのスイッチを切ると、モーはめずらしく目を細めて笑顔になった。
「というわけで、トリフィールドで幽霊を探しに行ってきます。ワンさんを連れていくと機械が使えなくなっちゃうので、今回はここでお留守番してもらいます」
カメラの前でワンさんのスイッチを入れる。その上にテープが貼られ、簡単にスイッチが動かないように固定された。いつも勝手に切られてしまうからだろう。山道の入り口にワンさんは置かれた。
「お留守番といっても、ちゃんと仕事はしてもらいます。ワンさんの前にもカメラを置くので、今日は二台体制です。僕とワンさん、どっちが幽霊に好かれるでしょう?」
映像がワンさんのカメラに切り替わり、ワンさんの後ろで自撮り棒を持ったモーが手を振った。そしてまた切り替わると、暗視カメラ特有の緑がかった映像にモーが映った。光源のない山道を懐中電灯ひとつで歩きだしていた。
「ワンさんから離れたので、もう一度トリフィールドを起動します。今の数値は0ですね」
カメラに見せたトリフィールドは確かに0と表示されており、先ほどのような高い音も発していない。ただ小さく、ジッジッジッジッと繰り返していた。それが電磁反応のない正常音らしい。
「処刑場跡地まで、反応があるまで黙って歩きますね。ちゃんと整備された道なんですけど、あの、僕、運動不足で……」
傾斜がどれくらいなのかわからないが、歩きだしてすぐにモーは息切れを起こしている。カメラに入るトリフィールドの音はずっと規則的で、しばらく運動不足なモーの山登り映像が流れた。やっと口を開いた時には、顔が見えない程度にマスクを引っ張って酸素を取り込んでいた。
「着き、ました……。ワンさんの所からそんなに距離はないんですけど、結構な勾配でした……」
モーのライトが辺りを照らし、カメラの映像がそれを追う。山中の拓けた空間。処刑場跡地という仰々しい名前だが、跡地というだけであるのは慰霊碑くらいだ。モーはトリフィールドの数値を見ながら、慰霊碑のまわりを回った。
「特に反応はないですね。周辺もちょっと歩いてみましょうか」
そう言うと、整備された道とは闇の濃さが違う、木々の間に入っていった。慰霊碑を目印にしているとはいえ、気を抜けば迷い込んでしまいそうな危うさがある。そんな所に平然と入っていけるモーの肝の太さに改めて感心した。
「おっ、道がある」
モーが照らすと、整備はされていない小道が続いていた。始まりは慰霊碑のある拓けた空間から、緩やかな下り坂に向かって。その先に、トリフィールドが反応を示した。
「ワンさん以外に初めて反応しました。下りてみます」
長年踏み続けられ、草の生えなくなった小道をモーが下るとトリフィールドはさらに数値を大きくした。それに伴い、またジィィーッと高い音が響く。一分も経たないうちにちょろちょろと水音が聞こえ始め、小道の先には細い川が現れた。
「トリフィールドの反応がやばいですね。ここにいるんでしょうか」
川の流れは緩やかで、水音は規則的だ。その水音が錯覚させるのか、モーのしゃべりに被せてたまに声が聞こえるような気がした。
「処刑場の近くの川といえば、首を洗う所です。水場ということもありますし、溜まりやすいのかもしれませんね」
「うん」とか「うぅ」とか。モーに相槌をうつ声があれば、低く苦しげに唸っている声もある。その場にいるモー本人には聞こえていないようなので、俺の聞き間違いかもしれないが。
ある程度トリフィールドの反応を見たモーは、小道を引き返して慰霊碑へと戻った。そこでまたトリフィールドが反応しないか確認し、ワンさんを残した最初の場所へと山道を下り始める。その途中から、マイクが聞き慣れた叫び声を拾った。
「ワンさんが騒いでますね。……あ、僕に怒ってるようです。何かあったのかな。この後にワンさんカメラの映像を入れますので、最後までぜひご覧ください。では、切り替えますねー」
モーの映像はそこでぷつりと切られた。それから切り替わった映像では、ワンさんが暗闇の中でずっと叫んでいた。
『あいつはどこに行ったああああ』
『俺を置いていくなああああ』
『来るな来るな来るあああああ』
『俺も連れていけええええ』
『どこに行ったんだああああ』
『見てるぞおおおお』
鮮明に入る足音と、聞き取れない話し声。もちろんモーではない。モーが一人では出しきれない、複数の音だった。くすくすと、女性の笑い声がカメラの横で聞こえる。勢いづいた足音がカメラに駆け寄ってくる。ワンさんの反応を楽しむように、現象は収まることなく大胆だった。
『やめてくれええええ』
モーがワンさんの元へ戻る前に、動画は終わってしまった。


