智子に呼び出されてそのカフェに入ったのは、太陽がアスファルトを焦がしている時間帯だった。カフェの中は、ひんやりとしていて、外の暑さから逃げ込んできた客で溢れている。智子は、隅っこの席でカフェラテを飲みながら待っていた。私はアイスコーヒーを頼んで、智子の前に座った。
「久しぶりね」と智子は言った。
「……どうしたの? 突然。私なんかと話なんてしたくないんじゃないの?」
 本当は智子に会いたくなかった。でも、電話越しの智子の声が、今まで聞いたことがないぐらい強い声で、思わず返事をしてしまった。
「隆のことなら、謝らないわよ」
「そのことは、もういいの」
「なんであんたは、いつもそうなの? 私に歯向かおうとしない!」
 隣の席から、黒ぶち眼鏡のサラリーマン風の男が、キーボードを打つ手を休めて、視線を送ってくる。
「芹奈は、私の中ではヒーローなの。ねえ、覚えてる? あの夏、知らない場所まで冒険して、帰り道がわからなくなった時、私と隆の手をギュッと握って、ずっと離さなかった。すごく、心強かった。あの時から、私にとって芹奈は特別な存在になったの。私と隆が付き合っていたのを言わなかったのは、悪いと思ってる。隆と話し合って、言わないことに決めたの。だって、芹奈はずっと隆のこと……」
「私の気持ちに気付いてて、よくも付き合えたわね!」
「私にとっても、隆は大切な人だったから。私なりの、芹奈への反抗よ。芹奈は私にないものたくさん持ってるから。ずっと、羨ましかった」
「あんた、何言ってんの? 馬鹿にしてるの?」
「馬鹿になんかしてないわ。本心よ」
「隆もずっと芹奈に憧れていたと思う。隆って私と二人でいるとき、いつも芹奈の話ばかりするのよ。私は嫉妬よりも、なんだか嬉しかった。隆にとっても、芹奈はヒーローなんだなって」
 智子のグラスにふと目をやると、カフェラテが水で少し薄まっている。
「あんたたち、おかしいわ。私なんて……。昔は何をしても楽しかった。いつも周りには誰かがいて、私のことばかりを見ていてくれた。でも、いつの間にか自分の感覚が、周りとずれていることに気付いたの。求めれば求めるほど、人って離れていくものなんだって。私は消えない何かがずっと欲しかった。友情だって愛情だって、いつかは無くなるもの。そんなの、分かってる。でも、変わらない確かなものを近くに置いておきたかった。あんたたちは、私がどれだけ変わっても、一緒にいてくれた。ホントに嬉しかった。でも、あんたたちだって、私のこと寂しい人間だと思って、仕方なく付き合ってるんだと思ってた。結局、変わったのは私だった。あんたと隆は、いつの間にか私の先に行ってた」
「そんなことない。芹奈は、あの時のままよ。私たちの中では今でもヒーロー」
「あんたたちって、ホントおかしいわ」と芹奈は皮肉を込めて笑った。
「用件はそれだけ? それだけなら、もう帰るわよ」
「うん。またね」
 その言葉が、私の胸には鈍く響いた。