憎しみとは理不尽なものだ。相手に罪は無くても、生まれてくることもある。
 私は自分の知っている隆に、あんな言葉を言わせるようになった智子を、いつの間にか憎んでいた。智子がいなければ、帰り道の心地よい時間も、澄んだ瞳も、汚れない笑顔も、全て自分に向けられていたかもしれないと思い始めた。本当は、隆を独り占めしたいと、ずっと思っていたのに。
 思い始めると、後は波紋のように広がっていく。智子の存在自体が、疎ましく思える。その手で、その唇で、隆に触れているのかと思うと、吐き気を感じるほどだ。
 タバコの量は日に日に増えていった。
 智子が消えればいいとまで思い、クラスでは智子と目を合わすことさえなくなっていた。智子はそんな私を心配して、何度も「どうしたの?」と声を掛けてきたが、私は「何でもない」と答えるだけだった。
 憎悪とは一度、芽生えると、そうそう消えるものではない。瞬く間に、感情全てを支配される。自分では理解できないところで、何かが動き出すのだ。
 私はタバコを吹かすことでしか、理性を保てなくなっていた。
 そんな思いは、いつしか二人を引き離せないかと画策するまでに至る。隆を自分のものにしたい想いが芽生え始め、歪んだ感情が動き始めた。
 気付けば隆に電話を掛けていた。隆はサンコール目ででた。一瞬、言葉に詰まる。
 すると隆から、
「どうした?」と溌剌な声が届く。
「ちょっと話があって……。」
「どうした?」
「今から、ちょっと会えないかな」
「別にいいけど……」
「じゃあ、亀公園で。三十分後ね」
 亀公園とは、砂場の中に青色と黄色の亀の遊具がある公園だ。幼い頃よく三人で遊んでいた。日が暮れても帰ろうと言わない隆を、芹奈と智子が諭すように優しく「今日はもう帰ろう」と、手を引いていたのを、今でもよく思い出す。
 隆はブランコを揺らして待っていた。
「おう」
「おう……」と言って、私は隆から一番離れたブランコの椅子に座った。
「急にどうしたんだ?」と怪訝な顔で隆が聞く。
「うん……話したいことがあって……」
「なんだよ」
「あのさ…智子のことなんだけど……」
「智子がどうした?」
「……あのね。智子はあんた以外にも男がいるよ」
 一瞬、風の音が聞こえた気がした。
「証拠でもあんのかよ?」
一瞬、間をおいて、私は、
「あるわ。私、見たの。智子が年上の男とホテルに入って行くの」と言った。
「ほんとに見たんだな?」
「ほんとに、見たわよ」
「そっか……」と力なく隆は答えた。
「あんた……それだけなの? 智子が浮気してんのよ」
「お前がそう言うなら、そうなんだろ」
「言いたかったことは、それだけだから……じゃあね」
 そう言うと、私は足早にブランコから走り去った。
 一度だけ振り返ると、隆は夕闇に染まる空を所在なさげに見つめている。私は、そんな隆を一度だけ振り返って見つめて、家路に着いた。