こんな私にも、友人と呼べる人間が二人いる。
 彼女の名前は山本智子(やまもとさとこ)
 智子は整列したら前から三番目で、丸顔に腫れぼったい一重の目をしている。笑うと口角が震えて、細い目がより一層細くなる。入学してから季節が二周したにも関わらず、未制服を着こなせていない。
 誰にでも優しくて心遣いができる智子は、友人がとても多く、休み時間には智子の周りは四、五人の女子でいつも賑わっている。
 そんな智子を、私は遠目からぎこちなく見つめている。
 羨ましいわけではないが、同じような環境で育ってきて、どうしてこうも違う人間が出来たのかとも思っている。
 もう一人は、北見隆(きたみたかし)
 私たち三人は、幼馴染で幼稚園から高校までずっと一緒だ。
 隆はスラリとした細身の長身の色黒で、瞳には何の汚れもなく、人を疑うことを知らない輝きを宿している。いつも夢を語っていて、少年のまま大人になったような人間だ。
 陸上部のエースで後輩からの信頼も厚い。
 そんな隆を智子は、羨望の目を越えて、大切な宝物のような目でいつも見守っていた。
 私は、そんな智子の後ろから隆を見つめていた。
 私たちは学校の帰り道にあるマクドナルドで、よく談笑をした。
 今日も、店内は学生で賑わっている。女子通しや、男子だけ。カップルもいる。聞こえてくる会話は、どれも、私には興味がない話ばかりだ。
「隆、この間のテストどうだった?」と智子が言った。
「まずまずかな。芹奈(せりな)は?」
「私が上手くいくはずないでしょ。あんた達は勉強できて、人にも好かれて悩みなんてないでしょ?」と、携帯をいじりながら答えた。
『そんなことないよ』と二人の声が重なった。
 斜め前の席では、女子高生の三人組が耳障りな笑い声を上げている。一人は、テーブルに歩頬杖をつき。一人は、髪の毛をいじり。もう一人は、携帯で話しながら、他の二人と会話している。そんな女子高生達を一瞥して、
「ほんと仲がいいわね」と嫌味ったらしく言った。
「そんなことないよ」
 今度は智子だけが、照れながら言った。
「そう言えば、今度、大会があるから二人で見に来いよ」
「なんで、わざわざあんたが走ってる姿を見に行かなくちゃいけないのよ。もう見飽きた。ラブレターをくれる女の子達でも誘えば?」
「そんなこと言わないで、一緒に行こうよ。芹奈」
「そうだよ。俺は二人に来て欲しいんだ。今度の大会でも上位入賞して、強化選手になって将来は、オリンピック選手になるんだ」
「あんた、よくそんな夢みたいなこと、恥ずかしげもなく言えるわね。智子も心の中じゃ笑ってるわよ」
「私は笑ったりしない。だって、ずっと昔から言ってるもんね。私は応援する。頑張ってね」
「ありがとう。頑張るよ。芹奈も少しは智子を見習えよな」
「うるさいわね。今日は、もう帰ろう」と私はつまらなさそうに言った。
 二人は見つめ合ったまま、怪訝な顔をしている。
 自動ドアを出る間際に、また乾いた笑い声が聞こえて来た。
 私は帰り道で口笛を吹きながら「あーあ、あいつらもかー」と心の中で思った。二人が付き合いだしたと知ったのは、クラスで智子の友達が会話しているのを聞いてからだった。
 それからしばらくは、何事もなく過ぎていった。
 学校が終わると、いつもの休憩所でタバコを吹かし、いつものマクドナルドでは三人で話もした。
 変化とは徐々に訪れるもの。いつの間にか、二対一の構図になっていた。
 三人で一緒にいる時も、智子と隆は私の会話に相槌を打ちながらも、アイコンタクトを取っている。私の話に耳を傾けることが少なくなっていた。
 私は嫉妬よりも、裏切られた気持ちが強かった。智子は日頃から、男には興味がないと言っていたのに。現に、智子から男子生徒に声を掛けているのを見たことはなかった。
 智子は気付いているはずだ。私は隆に恋心を抱いているのにも関わらず、何の相談もなく付き合い始めた。こんな関係だったから相談できなかったのだろうか。
 二人とは徐々に距離を置き始めた。
 景色は新緑を深めて、眩しすぎる夏へと羽ばたきだそうとしていた。