ではきみ、お次はイーグルスホテルの監視カメラの映像を観てみよう。
ん? 一九三〇年に監視カメラなんてものがあったのかって?
鋭いな。アメリカで監視カメラが使用され始めるのは一九六〇年代からだ。
でもね、あるって私が言っているんだよ。
AM 4:44
イーグルスホテルの玄関のカメラ。
モノクロの映像。
アデリンが飛び出してくる。
怯えた顔で姪たちが泊まっている客室の窓を見上げる。
そのままどこかへ走り去る。
AM 5:13
駅前のカメラ。
アデリンが時刻表をにらんでいる。
汽車が動く時間ではない。
アデリンはイーグルスホテルの方角へ歩き出す。
AM 6:24
商店街のカメラ。
人影はまばらだが時間帯の割には多い。
すれ違う全員がアデリンを振り返る。
全員がかしこまったスーツ姿。
アデリンは不安げに足を早める。
AM 6:63
商店街の、先ほどとは別のカメラの映像。
先ほどより路は細くなっているのに人は増えている。
アデリンが走り出す。
通行人がぞろぞろとアデリンについていく。
AM 6:72
広場。
アデリンがカメラに背を向けて立ち尽くしている。
周囲を完全に囲まれている。
スーツ姿の人垣が割れて、インディアン(※ネイティブ・アメリカン)の老女が歩み出る。
しばし静止画のような映像が続いたのち、ネイティブ・アメリカンの老女が口を開く。
さてここでこちらの老婦人が何を話しているのか唇の動きから読み取ってみよう。
えーっと、なになに……
「おっといけない。つい見入ってしまったよ。何せ久しぶりなもんでね」
「いや、ヌシとは初対面だよ。ただね、この町の連中は体は人間でも宿してる魂は人類とは異なるってヤツばかりなもんでつい、ね」
「ワシの名はポワカ。ヌシらが言うところのインディアンの巫女さ」
「でもってこのスーツどもは“大いなる種族”とか自称してる古代生命の生き残りだよ」
「こやつらの故郷の名はアトランティス。どうだエ? ピンとくるものがあるんじゃないのかエ?」
「わからぬか。まあ良い。すべて話すほどにはルイーザがヌシを信用しとらんのなら、ワシらからすればむしろヌシは信用できる」
「アトランティスの都は、邪神の棲まうルルイエの都を封印すべくルルイエを模して作られ、ルルイエとともに海に沈んだ」
「アトランティスの住人は死んではいない。眠っているだけだ。
しかしアトランティスを目覚めさせればルルイエも、ルルイエで眠るクトゥルフも目覚める」
「パトリシアは六歳のときにルルイエと通じてしまった。
生まれながらに感受性の強い者が、よりによって子供の時分に危険な絵に触れてしまったからね」
「サン・ジェルマンはルルイエで生まれてアトランティスで育ち、時を越えてヨーロッパに現れ、パトリシアを利用してアトランティスへ帰ろうとしていた」
「目的への過程でルルイエを復活させることになるって点はサン・ジェルマンもインスマウスの奴らも共通している。
とはいえサン・ジェルマンはアトランティスは助けてもクトゥルフの封印を解く気はなく、インスマウスの奴らはクトゥルフを目覚めさせたいだけでアトランティスには恨みしかない。
だからインスマウスの奴らはサン・ジェルマンを襲撃し、その首を切り落とした」
「インスマウスの奴らはパトリシアを手に入れたかったようだが、それだけは阻止できた。拾った赤ん坊を連れていたのがいいカモフラージュになったようだね」
「キギータウンは時空の歪みの中にある。
ルイーザはこの歪みを利用してサン・ジェルマンを生き返らせようとしているが、それはとても危険な行為じゃ」
「ルイーザを止めておくれ。
ワシらは警戒されておってなかなか近づけんし、子供相手に手荒な真似はしたくないが、叔母のヌシなら何とか穏やかに収められるじゃろ」
「察しがええのう。いかにも。ワシらがルイーザに近づけんのはブルーダイヤがあるからじゃ。
ワシらではあの石の力に阻まれて近づけん。
じゃからこそヌシにこうして頼んでおる。
ヌシとて逃げられる話ではないぞえ。
クトゥルフが目覚めればヌシも生け贄じゃ。
誰にもどこにも逃げ場なぞない。
ああ、恐ろしや。クトゥルフへの生け贄の儀式は、ヌシがインスマウスで見たのはほんの一部に過ぎん」
「そう恐れることはない。ヌシに命を張れとは言わぬ。
ヌシはブルーダイヤの力を奪ってくれさえすれば良い」
「ブルーダイヤを黒く染めるのサ。
そのための魔法のインクがここにある」
おっと、スーツ姿の男の一人がワインボトルのようなものを持って前に出たね。
「こいつをあの娘に頭からぶっかけてやっておくれ。
小さなダイヤだ。
一滴かかればじゅうぶんなインクがこれだけあれば、ちょっとやそっと失敗したって――」
うわ。インク瓶がいきなり砕け散ったぞ。
スーツ姿の男たちが一斉に逃げて……ああ、ポワカも抱き上げられて運ばれているね。
一人だけ、瓶を持っていた男は倒れたまま動かない。
インクを浴びたせいかな?
アデリンは足もとのインクで滑って転んでしまった。
かわいそうに、服が台無しだ。
おや、ルイーザが画面に入ってきた。
ルイーザが倒れている男に……いや、男の上の何もない空間に霧吹きをかけたぞ。
霧の中に何かが現れた。
これって何だと思う? 生き物かな?
身長は十フィート……ええと、だいたい三メートルだ。
胴体は円錐形で、てっぺんから何本も触手が生えていて……うーん……イソギンチャクを縦に引っぱった感じ?
お、ルイーザが何かしゃべりだした。
なになに、唇の動きによると……
「おばさま、騙されちゃだめよ。これがこいつらの魂の姿」
「少なくともワタシは人間よ、おばさま」
「こんなやつらの言うことなんか聞かないで、おばさま」
おいおい。ここに来てやけに親戚アピールしてくるなぁ。
おっと、アデリンが指についたインクを払ってルイーザに振りかけたぞ。
ルイーザがとっさに指輪をかばって、アデリンはこの隙に逃げ出した。
あ。ルイーザが監視カメラに気づいた。
指輪をかざして……ああ、ここで映像が切れてしまった。
『親愛なるオリヴィアへ
朝ごはんの前にさっきの手紙を出して、朝ごはんのあとにこの手紙を書いているの。
さっきの手紙はまだポストから回収されていないと思うから、何事もなければ二通一緒に運ばれて一緒にオリヴィアのところに届くのでしょうね。
読む順番を間違えないでね。
こちらの手紙は十月XX日の二通目よ。
朝起きたらアデリン叔母さまが部屋に居なかったの。
ホテルのフロントの人に訊いたら先に朝食を済ませて散歩に出たってことだから別に問題はないんでしょうけど――
夜中のこともあるし、ちょっと心配だわ。
ルイーザはルイーザで一人になりたいとか言ってどこかへ行っちゃったし。
そうそう、ルイーザにね、ビスケットをもらったの。
キギータウンの食料は幻みたいなものだから、そればかりを食べていると町を出た途端に餓死してしまう恐れがあるんですって。
どういうことなのかしら?
あとで訊こうと思うものばかりがどんどん溜まっていってしまうわ。
キャロラインより』
ん? 一九三〇年に監視カメラなんてものがあったのかって?
鋭いな。アメリカで監視カメラが使用され始めるのは一九六〇年代からだ。
でもね、あるって私が言っているんだよ。
AM 4:44
イーグルスホテルの玄関のカメラ。
モノクロの映像。
アデリンが飛び出してくる。
怯えた顔で姪たちが泊まっている客室の窓を見上げる。
そのままどこかへ走り去る。
AM 5:13
駅前のカメラ。
アデリンが時刻表をにらんでいる。
汽車が動く時間ではない。
アデリンはイーグルスホテルの方角へ歩き出す。
AM 6:24
商店街のカメラ。
人影はまばらだが時間帯の割には多い。
すれ違う全員がアデリンを振り返る。
全員がかしこまったスーツ姿。
アデリンは不安げに足を早める。
AM 6:63
商店街の、先ほどとは別のカメラの映像。
先ほどより路は細くなっているのに人は増えている。
アデリンが走り出す。
通行人がぞろぞろとアデリンについていく。
AM 6:72
広場。
アデリンがカメラに背を向けて立ち尽くしている。
周囲を完全に囲まれている。
スーツ姿の人垣が割れて、インディアン(※ネイティブ・アメリカン)の老女が歩み出る。
しばし静止画のような映像が続いたのち、ネイティブ・アメリカンの老女が口を開く。
さてここでこちらの老婦人が何を話しているのか唇の動きから読み取ってみよう。
えーっと、なになに……
「おっといけない。つい見入ってしまったよ。何せ久しぶりなもんでね」
「いや、ヌシとは初対面だよ。ただね、この町の連中は体は人間でも宿してる魂は人類とは異なるってヤツばかりなもんでつい、ね」
「ワシの名はポワカ。ヌシらが言うところのインディアンの巫女さ」
「でもってこのスーツどもは“大いなる種族”とか自称してる古代生命の生き残りだよ」
「こやつらの故郷の名はアトランティス。どうだエ? ピンとくるものがあるんじゃないのかエ?」
「わからぬか。まあ良い。すべて話すほどにはルイーザがヌシを信用しとらんのなら、ワシらからすればむしろヌシは信用できる」
「アトランティスの都は、邪神の棲まうルルイエの都を封印すべくルルイエを模して作られ、ルルイエとともに海に沈んだ」
「アトランティスの住人は死んではいない。眠っているだけだ。
しかしアトランティスを目覚めさせればルルイエも、ルルイエで眠るクトゥルフも目覚める」
「パトリシアは六歳のときにルルイエと通じてしまった。
生まれながらに感受性の強い者が、よりによって子供の時分に危険な絵に触れてしまったからね」
「サン・ジェルマンはルルイエで生まれてアトランティスで育ち、時を越えてヨーロッパに現れ、パトリシアを利用してアトランティスへ帰ろうとしていた」
「目的への過程でルルイエを復活させることになるって点はサン・ジェルマンもインスマウスの奴らも共通している。
とはいえサン・ジェルマンはアトランティスは助けてもクトゥルフの封印を解く気はなく、インスマウスの奴らはクトゥルフを目覚めさせたいだけでアトランティスには恨みしかない。
だからインスマウスの奴らはサン・ジェルマンを襲撃し、その首を切り落とした」
「インスマウスの奴らはパトリシアを手に入れたかったようだが、それだけは阻止できた。拾った赤ん坊を連れていたのがいいカモフラージュになったようだね」
「キギータウンは時空の歪みの中にある。
ルイーザはこの歪みを利用してサン・ジェルマンを生き返らせようとしているが、それはとても危険な行為じゃ」
「ルイーザを止めておくれ。
ワシらは警戒されておってなかなか近づけんし、子供相手に手荒な真似はしたくないが、叔母のヌシなら何とか穏やかに収められるじゃろ」
「察しがええのう。いかにも。ワシらがルイーザに近づけんのはブルーダイヤがあるからじゃ。
ワシらではあの石の力に阻まれて近づけん。
じゃからこそヌシにこうして頼んでおる。
ヌシとて逃げられる話ではないぞえ。
クトゥルフが目覚めればヌシも生け贄じゃ。
誰にもどこにも逃げ場なぞない。
ああ、恐ろしや。クトゥルフへの生け贄の儀式は、ヌシがインスマウスで見たのはほんの一部に過ぎん」
「そう恐れることはない。ヌシに命を張れとは言わぬ。
ヌシはブルーダイヤの力を奪ってくれさえすれば良い」
「ブルーダイヤを黒く染めるのサ。
そのための魔法のインクがここにある」
おっと、スーツ姿の男の一人がワインボトルのようなものを持って前に出たね。
「こいつをあの娘に頭からぶっかけてやっておくれ。
小さなダイヤだ。
一滴かかればじゅうぶんなインクがこれだけあれば、ちょっとやそっと失敗したって――」
うわ。インク瓶がいきなり砕け散ったぞ。
スーツ姿の男たちが一斉に逃げて……ああ、ポワカも抱き上げられて運ばれているね。
一人だけ、瓶を持っていた男は倒れたまま動かない。
インクを浴びたせいかな?
アデリンは足もとのインクで滑って転んでしまった。
かわいそうに、服が台無しだ。
おや、ルイーザが画面に入ってきた。
ルイーザが倒れている男に……いや、男の上の何もない空間に霧吹きをかけたぞ。
霧の中に何かが現れた。
これって何だと思う? 生き物かな?
身長は十フィート……ええと、だいたい三メートルだ。
胴体は円錐形で、てっぺんから何本も触手が生えていて……うーん……イソギンチャクを縦に引っぱった感じ?
お、ルイーザが何かしゃべりだした。
なになに、唇の動きによると……
「おばさま、騙されちゃだめよ。これがこいつらの魂の姿」
「少なくともワタシは人間よ、おばさま」
「こんなやつらの言うことなんか聞かないで、おばさま」
おいおい。ここに来てやけに親戚アピールしてくるなぁ。
おっと、アデリンが指についたインクを払ってルイーザに振りかけたぞ。
ルイーザがとっさに指輪をかばって、アデリンはこの隙に逃げ出した。
あ。ルイーザが監視カメラに気づいた。
指輪をかざして……ああ、ここで映像が切れてしまった。
『親愛なるオリヴィアへ
朝ごはんの前にさっきの手紙を出して、朝ごはんのあとにこの手紙を書いているの。
さっきの手紙はまだポストから回収されていないと思うから、何事もなければ二通一緒に運ばれて一緒にオリヴィアのところに届くのでしょうね。
読む順番を間違えないでね。
こちらの手紙は十月XX日の二通目よ。
朝起きたらアデリン叔母さまが部屋に居なかったの。
ホテルのフロントの人に訊いたら先に朝食を済ませて散歩に出たってことだから別に問題はないんでしょうけど――
夜中のこともあるし、ちょっと心配だわ。
ルイーザはルイーザで一人になりたいとか言ってどこかへ行っちゃったし。
そうそう、ルイーザにね、ビスケットをもらったの。
キギータウンの食料は幻みたいなものだから、そればかりを食べていると町を出た途端に餓死してしまう恐れがあるんですって。
どういうことなのかしら?
あとで訊こうと思うものばかりがどんどん溜まっていってしまうわ。
キャロラインより』