植木はクラウドファンディングで資金を集めた。大金とまでは行かなかったが、メンバーをボランティア活動に連れて行くための資金くらいは集まったのだ。
平日の夜にはダンスと歌のレッスンを始めた。だが、先生を雇う金はない。そこも、ボランティアを募った。ダンスの先生はアメリカ人のマーク・ブライエン。彼はプロのダンス講師だが、この、地球を救おうというプロジェクトに参加したいと言って、引き受けてくれたのだった。ついでに英語も教えられるということで、レッスン中は英語のみを使う事になった。本当は日本語も話せるマークだったが、メンバーの前では一切日本語を使わなかった。
「ほら、ムーン、ずれてるよ!」
と、英語で言う。ちなみに、メンバー7人の苗字から、マークは英語のニックネームを付けていた。月島流星はムーン、不知火篤はファイヤー、水沢涼はウォーター、木崎大樹はウッド、金森光輝はゴールド、土橋碧央はクレイ、日野瑠偉はサン。
「そうそう、いいよ。そこ、もっと力強く!」
マークが英語で叱咤激励をする、そして、みんな何を言われてもイエス、くらいしか言えない中、
「これでも頑張ってるんだ!この振り付け、速過ぎでしょう!できないよ!」
流星だけは1人、英語でまくし立てるのだった。
レッスンを何回かこなした後、マークが植木と内海にこっそりと、
「やばいよ、やばい。鳥肌立ったよ。ムーンはまあまあだけど、あとの6人はダンスのセンスがすごい!あの揃い方はびっくりだよ。植木、良かったね!」
と、興奮して話したのだった。
一方、歌の方は牧口健(まきぐち けん)という、カラオケ教室の講師が指導を引き受けてくれた。
「今の若い子はよく音楽を聴いているから、みんな歌が上手いね。感心したよ。金森くんのハイトーンボイスには驚いたな。土橋くんのハスキーボイスも痺れるね。それにしても、よく集めたねえ、あの子たち。才能あふれる上にイケメンだし。特に目がいい。何かを一生懸命やる目だよ。」
牧口がそう話してくれたので、植木はガッツポーズをした。
そして、隔週の土曜日には、ボランティア活動に参加した。最初に行ったのは、神奈川県の海岸のゴミ拾いである。
「おはよう!はい、これ着てね。」
メンバーが現れると、植木はそれぞれに黒いTシャツを渡した。
「おはようございます。これ、着るんですか?」
瑠偉は、渡された物と植木たちが着ているTシャツを見比べた。
「そうだよ。ほら、背中にグループ名が入っているよ!」
テンションの高い植木に、瑠偉は苦笑いをした。おそろいの服を着るのがちょっと恥ずかしい年頃である。
「え!Tシャツ作ったんですか?いいですねえ。あ、これが俺たちのグループ名なんですか?」
Tシャツを渡された涼がそう聞いた。
「そう、Save The Earth。いいだろう?」
植木がそう言うと、涼は何も言わずに微笑んだ。
なんだかんだ、7人のメンバーと植木、内海がおそろいのTシャツを着た。Tシャツの背中には、白抜きの文字で「Save The Earth」と書いてあり、その下に青い地球の写真がどーんとプリントしてあった。胸には背中の模様がそのまま小さくしたものがプリントしてある。
そして9人は、大きなビニール袋をそれぞれに持ち、ゴミ拾いを始めた。朝早いし、子供たちはみな眠そうだ。
「ほら、ちゃんとしろよ。こんなにゴミがあって、これが海に流れ出たら大変な事になるんだからな。」
流星だけは意識が高い。
「君たち、ただゴミを拾うだけじゃなくてさ、こうやってTシャツを着てグループの宣伝も兼ねているんだから、愛想良くしないと。いつSNSで写真が出回るか分からないぞ。」
内海がそう言って、みんなを鼓舞したが、
「SNSって言ったって。ここに参加している人って、お年寄りばっかりじゃん。望み薄そうだよ。」
と、悪態をつく篤。だがその直後、近くを通りかかった若い女子3人が、こちらをしきりに見ているのが目についた。すかさず、植木がその女子たちの近くへ寄って行った。
「あの、このTシャツってどこの団体さんですか?」
女の子がそう聞いてきた。
「Save The Earthって言って、うちのアイドルなんだよ。」
植木が応える。
「えー!アイドルですか?へえ。」
女子たちは興味津々である。
「写真撮ってもOKだよ。」
植木はそう言うと、近くにいるメンバーを手招きした。嬉しいのと照れくさいのを精一杯隠し、篤と碧央と、碧央に引っ張られた瑠偉が植木の所へ走って行った。
「じゃあ、撮りますね!」
女子がキャピキャピしながらスマホを向ける。篤と碧央と瑠偉は、ポーズを取った。
「これ、インスタに載せちゃおう。」
「私もー!」
「ありがとうございました!」
女子たちは去って行った。
「さあ、どんどん拾ってこー!」
テンションの上がった篤だった。
その後も、時々通りすがりの人に見られ、写真を撮られた。おそろいの服を着たイケメンが7人もいるのだから、目立つのだ。最後には、ボランティア活動を一緒にしていたおばちゃんたちにまで、
「アイドルなの?そうなのー。可愛い子たちだと思ったのよー。」
などと興味を持ってもらったのだった。
「俺たち、まだアイドルだって言えないんじゃない?」
大樹がそう言って心配したが、
「君たちはもう、れっきとしたアイドルだよ。そうだな、求められたらすぐにパフォーマンスを披露できるように、1曲作っておかないといけないな。」
と、植木に言われたのだった。
植木は事務所を構えた。いつも違うレッスン場を借りていたが、常に同じ場所で練習ができるようにした。つまり、地下にスタジオがある建物の2階に事務所を置き、毎日夜はそのレッスン場を借りるという契約をしたのだ。
レッスン場に集まったメンバーに、植木は早速曲作りについて話をした。
「さて、君たちのオリジナル曲を作ろう。だが、作詞家作曲家を雇う金がない。」
植木がメンバーを見渡すと、メンバーはみなキョトンとしていた。
「じゃあ、どうするんですか?それもボランティアを募るんですか?」
と、涼が聞いた。
「いやいや、曲は君たちが作るんだよ。その方が絶対いい。」
植木が応えると、流星が、
「作詞なら何とかできるかもしれないけど、作曲は難しいんじゃないですか?」
と言った。
「誰か、楽器が出来る人はいないか?」
植木がそう問いかけると、お互いを見渡したのち、大樹と瑠偉が手を上げた。
「俺は、ピアノを習っていたので、多少は弾けます。作曲もまあ、パソコンでやったことあるし、出来るかも。」
と、大樹が言った。全員が、
「おー!!」
と歓声を上げた。
「瑠偉は?何ができるの?」
植木が瑠偉に問いかけた。
「あ、僕はギターをちょっと。習ったわけではないけど、独学でちょこっと。」
と、瑠偉が言ったので、
「すげーじゃん、瑠偉。」
碧央がそう言って、瑠偉の肩に腕を回した。瑠偉は照れくさそうに笑った。
「そうかそうか。でもな、作詞も作曲も独りでやることはない。みんなで力を合わせて作ればいいさ。それから、振り付けも君たち自身で決めるんだ。振付師を雇う余裕もないからな。」
植木が言うと、
「やっぱりそうきたか。振り付けなら任せてよ。俺、いつもやってたから。」
と、涼が言い、
「わぉ、頼もしいね。僕も、新体操やってたから、少しはお役に立てるかも。」
光輝が小首を傾げて可愛く言った。すると、メンバーは一斉に無言で光輝の肩をこづいたのだった。ニヤニヤしながら。
「なんだよー。」
光輝もそう言って、ニヤニヤした。
ボランティアの先生は来たり来なかったりするので、先生が来ない日は、作詞、作曲、振り付けと、順番に取り組んだ。
「歌詞だけどな、デビュー曲だし、我々の目的は地球を救うことなので、それに関連した歌詞にして欲しいんだ。こう、みんなで出来る事からやって行こう!みたいな。」
植木が言うと、碧央が、
「俺、この間ゴミ拾いしていて思ったんだけど、あれってさ、みんながゴミを海に捨てるからいけないじゃん。だから俺たちとか、おっちゃんおばちゃんたちがゴミ拾いするわけじゃん?でも、もっと他にやった方がいい事っていうか、助けが必要な所があると思うんだよ。それなのに、誰かがゴミを投げ捨てたせいで、ゴミ拾いに人員を割かなければならないのって、勿体ないと思うんだよね。ただ、ゴミを海に捨てなければいいのにさ。もっと、助けないといけない所に人手を回さないと。」
と言った。
「そうだよな。そういうのを、訴えていきたいよな。」
と、大樹が言い、
「うん、なるほど。他に何か意見ない?そういうの、まとめて行こうよ。」
と、流星が言った。すると瑠偉が、
「僕はさ、水道を出しっぱなしにする人を見ると、許せないんだよね。水がないとすっごく困るのにさ、大事にしない人がいるのって信じらんない。」
と言った。いろいろ意見が出始めたのを見て、植木はそっとその場を離れたのだった。
時間はかかったが、みんなの納得のいくものがとうとう出来た。
「社長、デビュー曲が出来ました!」
流星が事務所へ持って来たUSBを、植木はPCに差し込んで聴いた。すると、植木と内海は驚いた。
「……驚いたな。」
植木がうなった。
「どうですか?」
流星が問う。
「いや、驚いたよ。こういう感じだとは思っていなかったものだから。いや、いいよ。うん。オリジナリティーがあって、非常にいい!」
植木が言った。内海も、
「うん、いいよ。いやあ、驚いたな、僕も。」
と言った。
「よかった。Save The Earthにふさわしい内容になっていますよね?」
と、流星が言ったので、植木も、
「ああ、そうだな。いやあ、確かに地球を救おうっていう内容なんだけど、こういう感じだとはなぁ、いやあ、驚いた。」
と言った。植木たちが驚いたのはなぜか。歌詞は以下の通りである。
― 海にゴミを捨てたやつは誰だ まだ使えるのにすぐに捨てるやつは誰だ
電気も水も排気ガスも 出しっぱなしにするやつは誰だ
お前か 俺か 俺たちか
そうやって なんも考えないで 地球を汚している
いつか 俺たちは自分の首をしめる
木が枯れる 飢餓に苦しむ
空が霞む 目がかすむ
気温が上がる 海水上がる 熱中症! 洪水津波!
地球が悲鳴を上げている 動物も鳥も虫も人も 地球と共に生きている
気づけ 気づけよ 気づいてくれよ 植物が叫んでる 鉱物が叫んでる ―
「ヒップホップかぁ。そう来たかぁ。そうだよな、大樹はDJやってたんだし、涼や瑠偉はヒップホップダンスをやってたんだもんな。」
内海もうなった。ラップ調で始まるダークな感じの曲で、歌詞もひどく挑戦的な雰囲気だ。植木と内海は、もっと良い子ちゃん的な、アイドル風の歌を想像していたので、とても驚いたのだった。
「今、振り付けの方をみんなでやってますんで。では。」
流星はレッスン場へ戻って行った。植木と内海は顔を見合わせ、ただ笑ったのだった。あいつら、やるな、と。
レッスン場では、涼が張り切っていた。
「フォーメーションは、全部で5つ。歌う人がセンターに来て、歌い終わったらさっと後ろに下がる。後ろを見ないで下がるんだぞ。」
すると碧央が、
「これ、覚えられるかなぁ、俺。」
と、自身なさげに言い、
「大丈夫だよ。曲に合わせて何度もやっていけば、覚えられるよ。」
と、光輝が言った。そこへ流星がやってきた。
「おーい、曲のOKが出たぞ。何?ああ、フォーメーション?……この紙コピーしていい?」
流星が涼の持っていた紙を指さして言うと、
「流星くん、図を頭で覚えちゃだめだよ。耳と体で覚えなきゃ。」
と、涼に言われてしまった。そこで篤が、
「そうそう、何とかなるよ。さ、やってみようぜ。」
と、明るく言った。
「うーん、もうちょっとインパクトのある振りを入れないとダメだなあ。」
涼が首を捻る。
「光輝はバック転とか、できるんだろ?篤くんも宙返りが出来るんだし、そういうのを入れるとか?」
大樹が言うと、
「うーん、でもさ、そういう、アクロバットできる人が間奏とかに披露するのって、他の男性アイドルがやってるじゃん?定番じゃん?うちは、そういうのとは違うものにしたいんだよね。」
と、涼が言った。
「ああ、なるほど。確かに某事務所のアイドルの定番だね。あと、歌う人と踊る人が別れてるってのも、わりとありがちだよね。」
大樹が言うと、
「そうなんだよ。歌はみんなで均等に割り振ったから、ダンスもみんなで同じように、揃えてやりたいなぁって思うんだよ。」
と、涼が応える。
「今はさ、歌いながらできるような振り付けしか入れてないけど、間奏のところでは、すっごく速い振りつけを入れてみたらどうかな。おおーってなるような。」
光輝が言った。
「うんうん、そうだな。おおーってなるようなの、やっぱり入れよう。瑠偉、お前何かアイディアないか?」
と、涼が瑠偉に振った。
「え?僕?うーん、じゃあ、こういうのは?」
瑠偉が今までの振り付けの倍速で手足を動かす。
「おぉー!それ、かっこいい!」
みんなが声を揃える。しかし流星は、
「いや、俺にはできそうもないけど?」
と真顔である。
「やれるって!大丈夫だよ。練習しよう!」
涼がそう言って、流星の肩をポンと叩いた。
数日後、デビュー曲「Shout(叫び)」の振り付けが出来上がり、マーク先生に見てもらった。
「……けっこう難しいの付けたね。いや、でも、完璧にそろえてやったらすごいんじゃないか?うーむ、僕驚いたなー。」
マークは英語でそう言って、やはりうなった。自分たちで作ったにしては、曲も振り付けもなかなか。マークの全身に鳥肌が立った。
次のボランティア活動の日、STEは新宿区にある商店街の、落書きを消すボランティアに参加した。やはり早朝に集まって、軍手をはめ、マスクをし、それぞれ布と薬品を持ってシャッターや壁の落書きを消していった。例のおそろいTシャツを着て。
「今日の課題は、挨拶を元気にしよう、だ。アイドルたるもの、挨拶ができないといけない。大丈夫かな?」
植木がメンバーに声を掛けた。
「はい!了解です!おはようございます!こんな感じですか?」
篤は朝からテンションが高い。
「そうだ!篤、いいぞ!他のみんなも、やってみよう!」
植木がそう言うと、他のメンバーも、
「おはようございます!」
意外に、みんな頑張った。
「ん?瑠偉、言えたか?」
植木は瑠偉を見て、少しからかうように言った。すると瑠偉は、
「おはようございます!」
もう一度大きな声で言った。
「よしよし。大樹は?」
植木は更に大樹の方に向いて言う。
「お、おはようございます!」
ちょっと無理している大樹だった。だが、メンバーが「あはははは!」と明るく笑ったので、大樹のテンションも上がった。
他のボランティアの人たちに加わる時に、メンバーみんなで「おはようございます!」と挨拶をした。落書きを消しながら、人が通ると「おはようございます!」。
「だんだんアイドルらしくなって来たな。」
内海がこっそり植木に耳打ちした。
平日にはデビュー曲の練習をし、ボランティア活動は隔週末に行った。次は群馬県の山に植樹のお手伝い。その次はハロウィンの翌朝の渋谷センター街のゴミ拾い。そして、その直後に季節外れの台風被害があり、次のボランティアは、その被災地でゴミの片付けを行った。
被災地でのボランティアは、隔週と言わず、毎週土曜日に参加することにした。そこには、若い人たちもたくさんボランティアに参加しに来るので、良い宣伝にもなると植木は考えた。
「あの、うちの子たちはアイドルの卵なんですけど、避難所で何かお手伝いできる事はありませんか?」
植木が地元自治体に問い合わせると、それなら何か、避難者を愉しませるような催しをお願いしますと言われた。
「喜べ!君たちの初のお披露目が決まったぞ!」
植木がメンバーたちに言った。
「何ですか?」
流星が代表して問う。
「避難所で、デビュー曲を披露する。」
植木がどや顔をしてそう言った。
「え、え、うそー。やばいやばい。」
光輝がうろたえる。
「なんだ、そりゃ。あはははは。」
篤が光輝をからかい、みんなも笑う。
「だってー、緊張するよぅ。」
光輝が言うと、碧央と瑠偉もコクコクと頷いた。
「大丈夫だよ。練習した通りにやればいいんだから。」
涼が言った。ダンスを披露するのに慣れている涼は余裕である。けれど、歌を人前で歌うのは、みんな初めてだった。友達とカラオケに行く事くらいはあっても。
「牧口先生によると、ステージで歌うっていうのは、カラオケとは全然違うらいしよ。緊張するし、歌詞が飛ぶ事もあるって。」
内海が言った。
「怖い事言わないでくださいよー。」
大樹が言った。
「とにかく、君たちはアイドルだから、まずはお愛想。歌は挑戦的だけど、その前と後は、良い子で可愛い子でいるんだよ。」
内海がそう言うと、メンバーはみなで、
「はーい。」
と声を揃えた。
STEのメンバーは、次の週末にも被災地を訪れた。お揃いの服も買ってもらって、その上に例のTシャツを着る。そろそろもう1枚Tシャツを用意した方が良さそうである。
「ああ、どうも。こちらへどうぞ。」
自治体の職員がそう言って、みんなを案内してくれた。避難所になっている中学校の体育館に行くと、ステージの方へ通された。
「こんにちはー!」
STEのメンバーは挨拶も忘れない。だが、みんな内心はヒヤヒヤのドキドキである。彼らが登場すると、避難している人たちが、拍手をして迎えてくれて、みんなちょっとホッとしたのだった。
「さあ、頑張ろう。もしどっかでミスっても、そのまま続けような。」
流星が小さい声でみんなに言った。みんな、小さく頷いた。
そして音楽が流れ、歌とダンスを披露した。何度も何度も、ぴったり揃うまで練習したダンス。大方上手く行った。ただ、避難している人たちは、ほとんどがお年寄り。他は妊婦さんや小さい子供とそのお母さんくらい。大歓声というわけには行かなかった。だが、みなさんニコニコして拍手をしてくれた。
「俺、けっこう今満足なんだけど。」
パフォーマンスを終えて、まず碧央がそう言った。
「僕も。」
光輝もそう言って、ニコッと笑った。すると、
「ありがとうございました。あの、出来ればまた来週にでも、別の避難所でお願いできませんか?」
と、職員に言われた。植木は、
「はい、喜んで。」
と、間髪入れずに答えた。
帰りの車の中でSNSをチェックすると、いくつかSTEの動画が出ていた。みんなは「わ―ぉ!」と言って興奮した。
「俺、ちょっとミスっちゃったんだよなー。」
篤が苦笑いをして言った。
「こうやって残っていっちゃうんだよね。怖いねー。」
涼が言う。
「なんか、まるで芸能人みたいじゃない?」
碧央がそう言うと、
「そうだよねー、芸能人になった気分だよねー。」
と、光輝が追随した。植木と内海はこっそり笑った。だから、もうアイドルだって言ってるのに。
翌週、前回とは別の避難所へ行くと、
「キャー!来たー!」
と、若い女の子たちが歓声を上げ、
「待ってたわよー!」
と、おばちゃんたちに声を掛けられた。思った以上に歓待され、メンバーはびっくり。
「俺たちさ、そろそろメイクとかした方がよくないか?」
篤がこっそりそう言って笑った。
今回もShoutを披露した。たくさんの中学生くらいの女の子たちが見に来ていて、動画などを撮られた。更に、自己紹介も求められた。実はこの1週間、その練習もしていたのだ。
流星が、
「せーの!」
と掛け声を掛け、メンバー全員で、
「こんにちは!Save The Earthです!」
と、揃って言えた。実は、この1週間の間には芸名論争もあった。
「君たちのニックネームは、マーク先生がつけてくれたやつでいいんじゃないか?」
植木が言い、
「ああ、あのムーンとかウッドとかですか?」
と、流星が言うと、
「えー、俺ファイヤーなんて嫌だよ。」
と、篤が嫌そうに言った。
「ファイヤー篤ってのは?かっこいいじゃん。」
と、瑠偉が本気なのか冗談なのか分からない調子で言うと、
「プロレスラーみたいじゃん!」
と、篤は却下した。
「俺なんてウォーターだよ。かっこ悪いよ。」
涼が悲しそうな顔で言い、
「僕も、ゴールドなんて嫌だー!碧央はクレイだからいいよね。かっこいいよ。」
と、光輝が言った。碧央は、
「うん。クレイでいい。」
と言い、瑠偉も、
「僕もサンでいい。」
と言った。
「まあ、今後海外向けには英語名の方がいいと思うんだけどな。でも、君たちが嫌なら、本名でもいいけど。」
植木がそう言い、議論は紛糾したが、結局、
「ムーンこと、月島流星、18歳です。」
「ファイヤーこと、不知火篤、18歳です。」
「ウォーターこと、水沢涼、17歳です。」
「ウッドこと、木崎大樹、17歳です。」
「ゴールドこと、金森光輝、16歳です。」
「クレイこと、土橋碧央、16歳です。」
「サンこと、日野瑠偉、15歳です。」
と、自己紹介したのだった。
パフォーマンスをすると、やはり間奏のところでおぉー!となって、歌い終わると拍手喝采を浴びた。そして、その後に周辺の住宅のゴミの片付けを手伝った。だいぶ町も片付いてきたので、この町に来るのはこれを最後にする事にした。
「あー!何これ、ファイヤー篤かっこいい、だって。やっぱりプロレスラーみたいだよー。」
帰りの車で、SNSをチェックしていた篤が嘆いた。みんなが笑う。そしてそれぞれチェックする。
「……ボランティア戦隊曜日レンジャー?名前がダサすぎ……だって。」
碧央がそう言うと、
「こっちには、いい子ちゃんぶってる奴らって書いてある。僕たちの写真付きで。」
と、光輝が言った。植木は、
「世の中には、いろんな事を言う人がいる。良い事でも、必ず批判されるんだ。気にするな。」
と言った。流星も、
「そうだよ。こんなにたくさん、かっこよかったとか、手伝ってくれて助かったとか、いい事いっぱい書いてあるぞ。」
と言った。碧央はそれを聞き、
「うん、そうだよね。」
と言った。
「世の中の声は、批判する方が大きくなりがちだ。批判する内容を見たら、必ずその後に肯定している投稿も見るように。バランスを取るんだよ。」
運転しながら、内海が諭した。
秋も深まり、流星と篤の大学の推薦が決まった。そろそろ、瑠偉の高校進学の事も考えなくてはならない。
瑠偉は、それでも毎日練習に来た。だが、勉強道具も持ってきた。
「あれ、瑠偉、宿題か?」
碧央が声を掛けると、
「うん。来週テストがあって、その日に提出なんだ。」
と、瑠偉が応える。すると光輝が、
「お前、テスト前なのにここに来ていていいのか?って、僕も来てるけど。あはは。」
と言って笑った。
「碧央くん、ここ教えて。」
瑠偉は碧央に問題集を見せた。
「ん?どれどれ?あ、英語?あー、英語なら流星くんに教えてもらった方がいいよ。」
碧央は流星に水を向けた。
「なに?」
名前を呼ばれ、流星が反応すると、
「流星くん、これ、分からないんだけど、教えて。」
瑠偉が問題集を持って流星のところへ行った。流星はさっと目を通し、パパッと教えてくれた。一同、尊敬のまなざし。
「じゃあ、じゃあ、こっちのも教えて。」
瑠偉は、今度は数学の問題集を持って流星のところへ行った。
「どれどれ?……ああ、俺文系なんだよねー。篤は?」
流星は篤に水を向ける。だが、
「は?俺は、サッカーで高校入った口だから、ダメダメ。」
篤は手でバッテンを作った。
「瑠偉、見せてみな。……ああ、これはこうやって……。」
大樹が、解き方を瑠偉に教えてあげた。
「大樹くんって、理数系なんだ?だから機械に強いんだね。」
碧央がそう言うと、一同、納得の頷き。
「そろそろさ、2曲目を作り始めたらどうかな。俺、作詞の方を始めておこうか。」
流星が言った。
「あれだな、瑠偉は受験だから、ボランティアには同行しないかもしれないよな。そうしたら、瑠偉が1人で歌うところを無くしておいた方がいいのかもよ。」
と、篤が言うと、
「いや、メインボーカルは瑠偉だよ。今、俺たちの中で一番歌が上手いのは、瑠偉だ。」
と、大樹が言った。
「え?そうなの?……まあ、そうだな。」
一瞬驚いた声を出した篤だが、やはり納得なのだ。
「若い時からヴォイストレーニングを始めると、上手くなるのかな。」
流星が言うと、
「元々音楽の才能があったんじゃない?ギターも独学で弾けちゃうくらいだし。」
と、光輝が言った。
「才能もあるだろうけど、こいつはすごく努力してんだよ。真面目だもん。」
と、碧央が言い、これまた一同納得の頷き。
「え、そんな事ないよ。ないない。」
瑠偉は小さくなって言った。
「さあ、次の歌はどんな内容にする?」
涼が言った。
「そうだな、1曲目はいろいろ取り入れた気がするから、今度はもっと問題を絞って行きたいな。ゴミを減らす事なのか、水を大事にする事なのか、森を守ろうって事なのか。」
と、流星が言った。すると、瑠偉が口を開いた。
「僕思うんだけど……前に家庭科でマイ箸入れを作ったんだ。割り箸を使わずに、マイ箸を持ち歩こうっていう事で。木を伐り過ぎるのが地球の環境に良くないんでしょ?ところがさ、最近海洋プラスチック問題が目立ってきたらさ、ビニール袋はダメで、紙袋ならいい、みたいなさ。プラスチックコップじゃなくて紙コップにしようとか?なんか、プラスチックがダメなら紙をたくさん使おうってなっちゃってるじゃん。でも、紙をたくさん使ったら、やっぱり木がたくさん伐採されちゃうでしょ?紙もプラスチックも、使い捨てを無くそうとしなきゃさ。」
瑠偉の言葉に流星も、
「なるほど、なるほど。瑠偉の言いたいことはわかるよ。今、ビニール製の買い物袋は有料にしなければならないけど、紙袋は無料で配布してもいいんだよな。店舗によっては有料にしているけれど。確かに、割り箸の話はどっか行っちゃったよなー。よし、その切り口でいこう。」
と賛同した。メンバーは、割り箸を突破口にして、2曲目の作成にとりかかった。
新曲の作成を年上のメンバーたちに任せて、瑠偉は少しの間レッスンをお休みし、2学期最後のテスト勉強を頑張った。芸能科のある私立高校を目指しており、推薦を取るためには2学期最後の成績が重要だった。何とかテスト勉強を頑張って、その規定の水準をクリアすることができた。
一方、デビュー曲の「Shout」は、ウェブ上で売り出した。まあ、それはあまり売れていない。けれども、ダンスの動画を配信したら、そちらのアクセス数は徐々に伸びて行った。被災地での活躍も、地方局で少し取り上げられた。けれども、まだまだ収入が得られるような状態ではなかった。
年明けに、新曲が完成した。
―クジラが可哀そう? イルカが可哀そう?
プラごみ減らそうと 買い物袋はご持参ください
それはいいよ でもね
紙袋はOK? プラスチックコップは辞めて紙コップ?
手の消毒にウェットティッシュ マスクは使い捨て
割り箸問題どこいった? 森林伐採問題は?
使うなとは言ってねえ 捨てるなって言ってんだ
あっちを見ればこっちを忘れる
山も川も森も海も 待っちゃくれねえ
俺たちゃ Busy イェー
どうせため込んでんだろ? 家の中には紙袋の山
どうせもらってすぐ捨ててただろ? コンビニの小さな袋
身近に何かが起こらねえと 気づかねえ俺たち
どこか遠くのお話と 今日もあれこれ捨てている
捨てるから買う 買うから売る 売るから作る 作るから伐(き)る
失われた森は 簡単には再生しない 長く長くかかるんだ
あっちを見ればこっちを忘れる
山も川も海も森も 待っちゃくれねえ
俺たちゃ Busy イェー ―
「Don’t Forget(忘れるな)」
新たな曲が出来て、振り付けも考えた。年明けからまた、週末のボランティア活動を再開したSTEのメンバーだった。歌を披露する場面は少ないが、動画を配信し、路上では少しだけアピールをした。
そして、春になり、それぞれ進学、進級した。
「夏休みになったら、外国へボランティア活動をしに行こうと思う。みんな、それぞれパスポートを用意しておいてくれ。と、言われても困るだろうから、一緒に用意をしよう。」
植木は、用意しておいてくれ、と言った時にメンバーの顔を見て、その後をつけ足した。みな一斉に、驚きの目を向けて来たので。
夏休みになり、STEのメンバーは、ミャンマーの難民キャンプへボランティア活動をしに出掛けた。そこで、子供たちにダンスを教えたり、歌を一緒に歌ったりするというもの。ある国際ボランティア団体が支援を行っている場所があり、植木や内海が何度か訪れた事のあるところだった。
子供たちと触れ合い、パフォーマンスを披露した。ここには3日間いる。夜はテントで眠った。1日目を終え、2日目の夜。
「う……碧央くん、お腹、痛い。」
「え?瑠偉、大丈夫か?わっ、すごい汗じゃんか。ど、どうしよう。」
瑠偉が腹痛を訴え、横になったままお腹を抱えていた。額には脂汗。隣で寝ていた碧央は、同じテントで寝ていた光輝を起こした。
「光輝、起きろ!瑠偉が大変だ!」
「うん?どうしたの?」
「瑠偉がお腹痛いって。すごい汗なんだよ。」
「え?瑠偉、大丈夫か?僕、内海さんに知らせてくるよ!」
光輝は、テントを出て近くのテントで寝ている植木と内海を呼びに行った。
「瑠偉、しっかりしろ。汗拭いてやるからな。ああ、どうしたんだろう。」
碧央が瑠偉の額の汗をタオルで拭いていると、光輝と植木、内海が入って来た。
「瑠偉、お腹が痛いのか?そうか。お医者さんに連れて行くか?」
内海が植木に問いかけると、植木は、
「スタッフに相談しよう。」
と言った。
植木が医療スタッフを探してきて、瑠偉を診てもらった。薬をもらい、症状は落ち着いた。
「慣れない水や食べ物のせいだろう。とにかく安静にして。碧央、光輝、頼むな。」
内海が言った。
「はい。」
碧央と光輝はそう返事をし、光輝は、
「瑠偉、落ち着いて良かったな。」
と、瑠偉に声を掛けた。瑠偉は、
「うん。」
と、答えた。
翌朝には起き上がれるようになった瑠偉だが、大事を取って1日活動を休んだ。最終日には復活して、最後に全員で新曲を披露してから帰途に就いた。
「やっぱさ、地球を救うために、一番すべき事は戦争を無くす事だよな。内戦とかも含めてさ、人が人の命を奪う事をやめなくちゃ。」
空港へ向かう車の中で、涼がそう言った。すると篤も、
「そうだよな。水を出しっぱなしにしないとか、ゴミを海に捨てないとか、そういうちっぽけな事よりも、戦争を無くす事の方がずっと大事だよな。」
と言った。すると大樹が、
「でもさ、それは俺たちが今言ったって、どうにもならない事だろ?ワールドスターにでもなれば、少しは発信力もあるけどさ。まずは日本人に訴えていく方がいいだろう。」
と言った。だが涼は、
「確かに発信力はないけどさ、それでもこうやって日本を出て、紛争地域に出向いて行って出来る事をした方がいいと思うんだよ。」
と言う。はたまた流星は、
「いやいや、戦争は俺たちの手には負えないよ。それよりも、環境問題の方が先決だよ。地球の環境が危ないんだから。温暖化を止めなければ、紛争地域だけでなく、もっと広い範囲で避難民が溢れる事になるわけだし。」
と言う。議論は紛糾した。
「いや、国際紛争だよ!」
と、言う篤と、
「まずは環境問題だよ。」
と、言う大樹。年下の3人は、その議論に口を挟めずにいた。そこにすかさず流星が目を付けた。
「お前たちはどう思う?多数決で決めるために、俺たちは奇数なんだからな。」
そうではない。
「えっとぉ、どうかなあ。やっぱり戦争が一番の問題かなあ。」
と、光輝が言うと、
「そうだよなあ。碧央は?」
と、篤が目を輝かせて言う。
「え?俺?俺は……まずは日本で出来る事をやるべきかと……。」
と、碧央が言うと、
「そうだろう、そうだろう。で、瑠偉は?」
と、今度は流星が目を輝かせる。
「僕は、どっちかに決めなくていいと思う。どっちも大事だし、僕たちはこれからたくさん歌を作っていくわけで、環境問題も訴えるし、戦争の……廃絶?とかも訴えるし、両方やっていけばいいんじゃないかな。」
と、瑠偉が言ったので、6人は一瞬黙った。
実は、乗っているのはトラックの荷台である。トラックの中には植木と内海がいて、窓が開いているので、メンバーの話は聞こえていた。植木と内海は目を見交わして微笑んだ。
ミャンマーでの活動の様子やパフォーマンスを、国際ボランティアのスタッフが撮影していて、それを彼らのホームページに掲載してくれた。すると、マスコミがそれに目を付け、新聞やテレビでその動画が紹介された。そうしたら、STEのサイトも閲覧数が激増し、SNSでも話題に上った。
有名になると、好意的なコメントも増えるが、否定するコメントも上がってくる。「売名の為に避難民を利用している」「偽善者だ」「アイドルのくせに、環境問題を語るな」「歌が生意気」「いい子ちゃんなくせに悪ぶっていて笑える」などなど。更には、メンバーの過去の写真などが出回り、ある事ない事書き込む同級生も。
「これが、アイドルの辛さなんだな。俺、本当にアイドルになりたいのか、分からなくなってきたよ。」
「大樹……そう言うなよ。俺たちは、地球を救うためにやってるんだからさ。その為には売名だって必要だし。」
悲観的な事を言った大樹に、流星が慰めの言葉を掛ける。
「ある事ない事書かれてか?過去の変な写真とか晒されてまで?」
しかし、大樹は納得しない。
「僕たちは世界の為を思ってやっているのに、生意気とか言われるのは心外だなあ。ねえ、もっと柔らかい歌詞にしたらいいのかな?」
光輝がそう言うと、
「バッシングにいちいち反応することはねえよ。かえって悪く言われるぜ。」
と、篤は冷静である。
「俺たち、これからどんな歌を作ったらいいんだろう。いっそ、路線変更した方がいいじゃない?もっと、普通の歌を歌った方が。」
涼が弱気な事を言うと、
「普通の歌って何だよ。そんなの、Save The Earthじゃないだろ。俺たちの存在意義が無くなるだろ。」
と、流星が言った。
「そうだよ、他人の言う事なんて無視だよ、無視。」
篤が軽い調子で言ったので、光輝が、
「無視なんてできないよ!嫌われたら、アイドルじゃないじゃん!」
と、叫ぶように言った。
「感情的になるな。」
大樹がたしなめた。
「感情的にだってなるよ!もう、どうしたらいいんだよ!」
涼も大きな声を出した。レッスンに来たのに、この有様。碧央と瑠偉もその場にいるが、凍りついている。
そこへ、内海が入って来た。
「どうした?練習しないのか?」
メンバーは、今しがた話し合った(喧嘩していた)内容をざっと説明した。
「そうか。そうだな。前にも言ったかもしれないが……有名になると必ずアンチが出てくる。そして、肯定派よりもアンチ、つまり反対派の声の方が大きい事が多い。君たちはテレビに出て、多くの人が好意を持った。その、多くの人に愛される君たちに嫉妬して、あれこれ言ってきたり、写真をばらまいたりする人たちが出てくる。問題のある写真や投稿は、削除してもらうようにするから、すぐに知らせてほしい。そして、もっと賛成派の、そう、君たちのファンに目を向けて欲しい。反対派の意見は聞くなとは言わないけど、ファンの声をもっと聞きなさい。君たちを応援してくれるファンは、仲間だ。フェローだよ。」
内海にそう言われ、メンバーはもう一度SNSの書き込みを見直した。かっこいい、ボランティアをしていて偉い、ダンスがそろっていてすごい、歌詞がすごくいい、などなど、誉めてくれる投稿は実は山ほどあった。
「俺たち、このままでいいんじゃない?」
碧央が言った。
「僕たちが今感じている思いを、いつも歌詞にしていけばいいと思う。人から妬まれて、ある事ない事書かれたら嫌だから、そういう思いも歌にしていけば。環境に関しても、いつもボランティアをしていて感じた事を歌にしたわけだし。」
瑠偉がそう言った。
「よし、2曲作ろうぜ。戦争反対ソングと、誹謗中傷反対ソング。」
大樹が少し冗談めかして言うと、他のメンバーはそれぞれクスっと笑った。
そうして、STEは一歩ずつアイドルの道を歩んで行った。ライブをやらせてもらえるようになり、まだまだ無名ながらも、全国を回った。そして、行く先々でボランティア活動にも参加した。平日は学校とレッスン場に通い、金曜日の夜に地方へ移動し、土曜日にライブをやり、日曜日にボランティア活動をするという生活を続けた。学生なのでテストもあるし、学校行事もある。だが、曲を作り、ダンスの練習をし、移動距離も多い。若い男子と言えども、疲労がたまってくる。
「瑠偉、お前、足怪我してるだろ。」
光輝が瑠偉に向かって突然そう言った。
「え?うううん、してないよ。」
瑠偉は慌てて否定した。
「嘘だね。べつに休めとか言わないから、正直に言ってごらん。」
光輝がそう言うと瑠偉は、
「……実は、昨日の練習で足首ひねっちゃって。」
と、正直に打ち明けた。
「だろ?そういう時は、テーピングだよ。」
光輝はそう言って、自分のバッグからテープを取り出した。
「いつも持ち歩いてるの?」
「そうだよ。アスリートの基本だよ。」
「ははは、俺たちってアスリートなんだ?」
瑠偉は、自分の呼び方を”僕”から”俺”に替えていた。いつの間にか。小さかったのに、すっかり大きくなって、光輝よりも背が高くなっていた。
「ほら、こうやって固定して。ね?これなら痛くないでしょ?レッスンが終わったら、すぐに冷やすんだよ。そして、ダンスする時以外はなるべく休む。」
光輝がそう言うと、
「はい。光輝くん、ありがとう。」
と、瑠偉が素直に言った。
「よしよし。」
光輝は、自分より大きくなってしまった瑠偉の頭をナデナデした。
「あー、俺も足が痛いなー。」
それを少し離れたところで見ていた篤が、突然大きな声を出した。
「え?篤くんも?あー、嘘でしょう。」
光輝は騙されないぞ、とばかりに笑って言った。
「だって、瑠偉には優しいじゃん。」
篤が言うと、
「何言ってんだよ。僕は誰にでも優しいんだよ。」
と言って、光輝がウインクした。一同爆笑。