12月10日、ストックホルムで行われるノーベル賞の表彰式と晩餐会の席に、STEが現れた。やはり、ノーベル平和賞を受賞したのだ。
「わあ、緊張するよー。」
光輝が胸を押さえて言う。
「とりあえず、一列に歩いて行こう。途中で取材されるようなら、立ち止まって軽く答えよう。」
流星がそう言うと、
「了解。」
と、メンバーが言った。
 表彰式を無事に済ませた彼らは、宮殿で行われる晩餐会に参加した。日本では、毎年晩餐会のメニューまで話題になる。ましてや今年はSTEが参加しているのだから、注目度は高い。だが、取材できる範囲は限られていた。
 同じ晩餐会の席に、STEと顔見知りの歌手が1人参加していた。アメリカの偉大なシンガーソングライターのジョニー・クルーズだ。ノーベル文学賞に彼の作った歌詞が受賞したのだ。
「ハーイ!STEの諸君、久しぶりだね。」
「クルーズさん、お会いできて嬉しいです。」
流星が英語で対応した。
「こちらこそ。ああ、クレイ。会えて嬉しいよ。」
ジョニーは碧央にハグをした。
 碧央は女性にモテる。やたらとモテる。だからいつだって、今回だって、瑠偉は女性を警戒していた。だがこの時不意に、瑠偉の心に違和感が生じた。
 実は、前回アメリカで会った時に、ジョニーは碧央と連絡先を交換していた。
「君、声がいいね。今度僕と一緒に歌わないか?」
と、ジョニーが碧央に言った
「え、あの……。」
碧央は、いきなりそう言われて戸惑った。しかしジョニーは強引に、
「とにかく、連絡先を交換しよう。」
と言ってくる。碧央が、
「あー、僕はあまり英語が得意ではないので。」
と言うと、
「それなら尚更、時々メッセージのやり取りをすれば、英語の練習にもなるよ。」
と、ジョニーが言い、碧央はとうとう、
「じゃあ。」
と言い、2人はスマホを突き合わせていた。瑠偉はその時も、女性ばかり警戒していたので、男友達が出来ても、それほど気にしてはいなかった。他にも碧央と個人的に話そうとしている女性歌手が何人もいたのだ。その度に瑠偉も顔を突っ込んで連絡先の交換はさせないようにしていたのだ。だが、ジョニーとの交換は阻止しなかった。
 晩餐会の食事が終わった後、ジョニーは碧央のところにまたやってきた。そして、しきりに碧央を誘っていた。
「クレイ、調べたんだよ。君の本当の名前は「ミドル・オブ・ブルー」っていう意味なんだってね。綺麗な名前だ。君にぴったりだよ。」
「え?ああ、ありがとうございます。」
「ねえ、もう今日はホテルに帰るだけだろ?これから俺と飲みに行かないか?これからの事を話そうじゃないか。」
などなど。瑠偉はどうしても気になった。だからこの誘いは阻止したい。だが、自分では心もとない。流星を頼るしかない。
「流星くん、ちょっとお願いがあるんだけど。」
「ん?どうした瑠偉?」
「うん、碧央くんがね、ジョニーに誘われているみたいなんだけどさ、心配だから流星くんが行って、断ってくれないかな?」
「断らせたいのか?」
流星がニヤっとした。
「だってさ、なんか危ない感じがするんだよ。やけに強引だし。碧央くんも英語があやふやでタジタジだからさ。」
「分かった分かった、ちょっと話してみよう。」
そして、碧央が誘われている現場へ流星が向かったが、
「ムーン、これからクレイを借りて行くよ!朝までには返すからさ。」
ジョニーはそう言って親指を立てたかと思うと、碧央の肩を抱いて連れて行ってしまった。
「あー!」
瑠偉が叫ぶも、お開きになった会場はザワザワしていて、その声は碧央には届かず。碧央は振り返りもせず、ジョニーの話を聞きとろうと必死にジョニーの表情を見ているようだった。
「あ、ごめん瑠偉。まあ、大丈夫だろう。碧央ももう大人なんだし。」
「そういう問題じゃ……。」
瑠偉の心には、一抹の不安が宿っていた。

 ホテルに帰ったSTEは、2人ずつの部屋に分かれた。瑠偉は碧央と一緒だったが、今は独り。ジャンケンに勝った篤が1人部屋だった。好きな者同士の部屋ではなく、ジャンケンにより決まった部屋割りだった。流星は涼と、光輝は大樹と一緒だった。
 夜の10時頃にホテルに帰って来たが、12時を過ぎても碧央が帰って来ない。朝までには返すと言っていたジョニーの言葉は冗談ではなかったらしい。だが、碧央はお酒に強くない。朝まで飲み続けられるわけがない。また、どこかへ連れて行かれて、ここへ独りで帰って来られるとも思えなかった。
「やっぱり、探しに行こう。」
瑠偉は碧央に電話をかけた。だが、出ない。
「まさか、酔いつぶれてどこかで寝ちゃっているんじゃ……。」
そこまで考えて、ハッとした。
「いや、そもそもジョニーは朝まで飲むつもりではなく、碧央くんを自分と一緒に泊まらせるつもりだったのでは?どうして?……決まっている、碧央くんの事が好きなんだよ。狙っているんだ。もし、お酒を飲まされていたら、碧央くんは抵抗できずに……!」
瑠偉は部屋を飛び出した。そのままホテルも飛び出し、街へ出た。
 人通りはまばらだ。車もたまにしか通らない。飛び出したのはいいが、どこへ行けばいいのか分からない。
「碧央くん……。」
心配で、胸が潰れそうだった。だから、じっとしてはいられない。あちこち走り回った。何度か電話もかけた。だが、一向に碧央は電話に出ない。瑠偉は成す術もなく、ホテルに戻って来た。
 瑠偉は、1人部屋の篤の部屋をノックした。もう夜中だが、篤はいつも夜更かしなので起きているかもしれないと思った。だが、なぜ篤の部屋へ行こうとしたのかは、瑠偉にも分からなかった。
「はい。あ、瑠偉、お前どうしたんだよ?とにかく入れ。」
瑠偉の顔を見て、篤は驚いた。涙でぐちゃぐちゃだったのだ。部屋の中に入れ、コートを脱がせた。瑠偉は呆然としていて、ただ突っ立っていた。
「お前、外に行ってたのか?」
「篤くん、どうしよう。碧央くんが、碧央くんが。」
瑠偉が震える声でそう言うと、篤は瑠偉を抱きしめた。
「落ち着け、碧央がどうしたんだ?」
「篤くん……。」
しばらく、瑠偉は篤の肩口におでこをつけて泣いた。篤は瑠偉の頭を撫でながら、
「よしよし、大丈夫だよ。」
と言っていた。しばらくして、瑠偉は落ち着いてきた。だが、今度は恥ずかしくて顔を上げられない。この年になって、泣きじゃくるなんて……と。
「落ち着いたか?」
篤が顔を覗き込もうとしたので、瑠偉は両手で顔を覆い、頬の涙をぬぐった。
「あの、ごめんなさい。こんな夜中に。」
篤はニヤっとした。そして、ベッドに腰かけると、
「いいんだよ、俺は嬉しいから。まあ、座れよ。」
と言った。瑠偉は大人しく従った。
「で?碧央がどうしたって?」
「連絡がつかないんだ。ジョニーと飲みに行ったまま。」
「あいつ、あんまり飲めないのに、大丈夫か?いや、だから心配しているんだよな。」
「俺もついて行けばよかった。まさか、本当に朝まで帰って来ないなんて、思ってなかった。」
「どこに行ったのか、分からないんだよな?」
「うん。」
「そっか。ちょっと待てよ。何か情報が得られるかもしれないぞ。」
篤はそう言うと、スマホを取り出し、SNSで碧央の情報やジョニーの情報を漁り始めた。
「うーん、ノルウェー語かな?自動翻訳しても分からないな。英語の投稿なら……。よし、流星の所に行こう。」
篤はそう言うなり、立ち上がって部屋を出た。瑠偉も慌てて追いかけた。
「おい、流星起きてるか?」
ドアをノックするなり、篤はそう言った。しばらくすると、流星がドアを開けた。
「どうしたの?」
「ちょっといいか。」
そう言って、篤は部屋に入った。瑠偉もすかさず入る。
「碧央が帰って来ない。あいつ飲めないから、どっかで潰れてるんじゃないかと思うんだ。それで、どこにいるか調べようと思ってSNS見てたら、英語の投稿があって、お前に読んでもらいたい。自動翻訳だと良く分からんのだ。」
篤がそう言うと、
「はいはい、どれどれ?ああ、ジョニーと碧央が一緒にお店にいるっていう投稿があるね。」
と、流星がスマホの文章を読んで言った。
「どこ?!」
瑠偉がすかさず聞く。
「えーと、この店を調べると……ここだ。」
流星に地図を出されて篤と瑠偉は頭をくっつけて見た。
「篤くん、俺にその地図送って!」
瑠偉は、地図を送ってもらうと、すぐに駆け出した。