「瑠偉、ちょっと外出て見ろよ!」
「え?何?」
寝る前に、玄関のところから碧央が瑠偉を呼んだ。玄関を入るとロビーが天井までの吹き抜けになっていて、そこから2階にある各自の部屋のドアが見える。瑠偉が部屋から顔を出すと、碧央が玄関を出て行ったので、瑠偉は追いかけた。
 瑠偉が外に出てみると、家から少し離れたところに碧央が立っていた。
「碧央くん、どうしたの?」
「空、見て見ろよ。」
碧央が空を見上げていたので、瑠偉も改めて空を見る。
「わあ、すごい!」
満天の星空だった。
「無人島で人質になった時も、こんな空だったな。」
碧央が静かに言った。
「うん。あの時、俺たちは初めて……。」
2人はお互いの顔を見た。そして、何も言わずに顔を近づけ、口づけを交わした。

 光輝は、瑠偉が外に出るのを見かけて、何かあるのかと後を追いかけた。玄関を開けると、ちょうど碧央と瑠偉が顔を近づけるところだった。
「あ……。」
2人に声をかけようとした光輝は、すんでのところで取りやめた。
「光輝、どうした?」
いきなりすぐ後ろから篤が声をかけて来たので、光輝は飛び上がった。
「わっ、びっくりした。あ、篤くん。」
「何してんだ?」
「え?い、いや、その、星が綺麗だなぁって。」
「ん?ああ、本当だ。外に出てみようぜ。」
「うん、ああ、こっちを見ようよ。こっちこっち!」
光輝は、瑠偉たちがいる方ではない方角へ篤を引っ張って行った。
「なんでこっちなの?」
「いつも見てる方角じゃなくて、こっちの星座にも興味があるんだよ。こっちは北だっけ?」
光輝が適当に言う。
「そっか、見える星が日本とは違うんだよな?日本では、北の空は決まってカシオペア座とおおぐま座だけど、ここではどうなんだろう?見てみようぜ!」
篤が乗って来たので、光輝はほっとした。そして、しばらく2人で星を眺めていた。
「こんなに星があったんじゃ、どれがどの星座かなんて、分からないな。」
篤はそう言って笑った。
「うん。」
「どうした?元気ない?」
「うううん、そんな事ないよ。……篤くんはさ、瑠偉の事が好き?」
「え?なんだよ、急に。」
篤は笑った。
「なんで瑠偉が好きなの?可愛いから?」
「うーん。瑠偉はさ、顔は可愛いけど、芯が強いって言うか、凛としているっていうのかな。常にかっこいいよな。俺なんかとは違って、若い頃から苦労しているからなのかな。ほら、俺は大学生になるまで親元でぬくぬくと育ってきたけど、瑠偉は高校1年の頃から親元離れて、俺たちと仕事しているんだもんな。」
「そうだね……でも、瑠偉は碧央の事が好きだよ。」
光輝がそう言うと、篤はふふふっと笑った。
「なんで笑うの?」
「いや。まあ、さっきまでは半信半疑というか、友情の可能性半分だと思っていたけどなあ。」
「あ……見てたんだ。」
さっきの、碧央と瑠偉のキスシーン。
「諦めるの?」
「んー、どうかな。最初から望みなんてほとんどなかったし。あのかっこいい瑠偉がさ、俺に時々甘えて来るのがたまんないんだよな。でもさあ、俺は碧央よりも、流星の方に嫉妬してたんだぜ。」
「え?流星くんに?」
「そう。瑠偉は、碧央とは仲良しだけどさ、流星の事はすごく尊敬している感じじゃん?分からない事はいつでも流星に聞きに行くしさ。あの立ち位置に俺がなりたいって思ってたんだよ。」
「へえ。瑠偉はいいなあ、みんなにモテて。」
「光輝だってモテてるじゃん。流星はお前にぞっこんだろ。」
「は?」
「は?って……え?うそ、気づいてないのか?あんなに分かり安いのに?」
「え、え?」
「ほら、無人島で人質になった時だってさ、お前が司令官に呼び出された時、流星が俺も行く、光輝だけでは行かせないって必死だったじゃん。」
「だって、あれは僕が英語しゃべれなくて困ると思って、流星くんがついて来てくれたんでしょ?」
「そうだけど、あの必死さは、ただの親切心ではないだろ?」
篤はそう言って、優しく光輝を見た。
「流星くんが……?嘘でしょ……。」

 碧央と瑠偉が口づけを交わすと、人の声がした。一気にロマンティックな気分から現実に引き戻される。
「うわ、光輝くんと篤くんだ。見られたかな?」
「何も言って来ないし、大丈夫じゃないか?」
2人はコソコソと話して、後ろを伺った。篤と光輝は2人で向こうの方へ行ってしまった。
「ねえ碧央くん。あの時、俺が碧央くんの為なら死ねるって思ったっていう話をしたじゃない?」
「ああ、俺がうちに来るかって言った時に?」
「そう。そしたら碧央くんが、それは下心があったからって言ってたでしょ?」
「よく覚えているな。」
碧央はそう言って、あははははと笑った。
「ということはさ、俺が高1の時既に、その……俺の事……。」
歯切れの悪い瑠偉。いつから好きだったの?なんていうのは、恋人同士がつき合い始めると必ずする会話だが、それが瑠偉には気恥ずかしいものだった。
 碧央は、ニヤっとすると、腰に手を当て、再び空を見上げた。
「初めて瑠偉に会った時の事、今でもよく覚えているよ。お前はまだ子供で、小さいくせに、やたらと目つきがこう、熱いって言うか、まっすぐに見て来るって言うか。こいつカッコイイなぁって思ってさ。でもお前、あんまりしゃべんないし、何とか仲良くなりたいなぁって思っていたんだよ。下心って言うのは、そういう意味だよ。」
「なーんだ、そっか。仲良くなりたいって言う意味か。はは。」
「あの時は、な。でも、一緒に暮らしているうちに……お前は大きくなって、子供じゃなくなって……。お前はどうなんだよ?」
「え?何が?」
「とぼけるな。」
瑠偉はそう言われて、ちょっと首を竦めた。そして、瑠偉も腰に手を当て、空を見上げた。
「奇遇だね。俺も碧央くんと初めて会った時の事、よく覚えているよ。ああ、こんなイケメン、本当にいるんだなぁって見とれたよ。一目惚れ。さっき、俺の目つきがどうって言ってたけど、それはもう、羨望の眼差しってやつだよ。憧れを通り越して好きですーっていう目線。」
瑠偉はそう言って、ふふふっと笑った。
「そっか。俺は初対面で堕とされたのか。」
「堕とせたなんて、ずーっと思ってなかったけどね。」
「そんで、好きな人、ああ、俺の事ね。好きな人から、俺んちに来るかと言われて、死ねると思ったくらいに感動したわけだ。」
「そういうコト。一緒に帰れるのが嬉しかったなあ。そんで、碧央くんのお兄さんが帰省している間は、同じベッドに寝かせてもらってさ。」
「ああ、窮屈だったな。」
「いやいや、毎日ドキドキしちゃって。時々、碧央くんの腕とか足が俺の上に乗っかってくるともう。」
「もう、何?」
「ズキューンって来ちゃって。」
「ズキューン?ここに?」
碧央が瑠偉の胸の辺りを指さすと、
「もっと下の方。」
「え?下の方?」
碧央は指を下へずらしていき、へその辺りで止めた。
「もうちょっと下。」
「は?……お前は、ガキのくせにー!」
碧央はそう言うと、ぺんと瑠偉の頭を叩いた。
「今はもうガキじゃないよー。」
「お前はまだガキだ!」
瑠偉が頭を押さえたので、碧央は今度は瑠偉のお腹にパンチを食らわせた。
「うっ、ちょっと、なんで殴るのー?」
碧央がまだこぶしを握って殴りかかって来るので、瑠偉は逃げた。
「待て、こら!あははは。」
碧央は笑いながら追いかける。
「あははは、なんで殴るんだよー。」
瑠偉は逃げ回る。それを碧央が追いかけ回す。2人は笑いながら、走り回った。
「何やってんだ?あの2人。」
「ガキだねえ。」
家に戻ろうと、篤と光輝が歩いて来た。
「夜中に外で騒いでも、近所迷惑にはならないんだねえ。ところ変われば、価値観も常識も変わるんだねえ。」
光輝がしみじみと言った。周りに他人の家がないのだ。
「そうだな。当たり前だと思っていた事も、狭い範囲での常識だったりするんだよな。俺たちはワールドワイドに生きないとな。」
篤が言った。
「そうだね。だからって、日本に帰ってからも夜中に外で騒いだりしちゃ、ダメだけどねえ。あははは。」
と言って、光輝が笑った。