その日の夜、考子はルンルン気分で新の帰りを待っていたが、彼は不機嫌そのものの顔をして帰ってきた。
 こんな表情をして帰ってくるのは初めてだった。
 
「どうしたの?」

「いや、なんでもない……」

 彼は手洗いとうがいをするために洗面所へ行った。
 ゴロゴロゴロー、ブクブクぺーという音が聞こえてきた。
 そして、バシャバシャと顔を洗う音がした。
 
 いつもはうがいだけで顔は洗わないのに……、
 本当にどうしたのかしら……、
 
 心配する考子の横を通り抜けて、「着替えてくる」と言ってベッドルームに向かった。
 まだ不機嫌そうな表情が続いていた。
 
 リビングに入ってきた新はドスンとソファに腰かけた。

「どうしたの?」

 眉間に皺を寄せている彼の横に考子が座った。

「どうもこうもないよ。人が親身になって言ってあげているのに……」

 珍しく彼が舌打ちをした。
 考子はもう何も聞かなかった。
 職場で嫌なことがあったに違いないが、話したくなければ話さなくてもいいと思った。
 そして、落ち着くまで黙って横に居てあげようと思った。
 
 新がふ~と息を吐いた。
 気持ちを整理しているようだった。
 考子は新の左手の上に右手を重ねた。
 少しして、その上に新の右手が重なった。
 そして、病院でのことを話し始めた。