2月7日、ネットでニュースを見ていた考子が右手で口を押えて悲痛な声を漏らした。

 そんな……、
 
 中国の医師が死亡したニュースだった。
 あの眼科医だった。
 SNSで警告を発した武漢市の眼科医だった。
 新型コロナウイルスによる肺炎で死亡したと報じられていた。
 
 それだけでもショックなことだったが、そのあとに書かれていた内容が考子の心を凍らせた。
 それは奥さんのことだった。
 二人目の子を身籠っていたのだ。
 妊娠5か月と書かれていた。
 ということは、あと半年も待たずに可愛い我が子を抱けるはずだったのだ。
 新たな家族を迎えての幸せな家庭生活が始まるはずだったのだ。
 しかし、その夢はもろくも崩れ去ってしまった。
 幸せの絶頂から不幸のどん底に落とされてしまったのだ。

「なんでこんなことが……」

 呟きと共に流れ落ちる涙を止めることができなかった。

 本来なら彼はヒーローになるはずだった。
 彼の警告をまともに聞いて感染拡大を初期段階で止めることができていたとしたら、人類を未知のウイルスから救った救世主ともなり得たかもしれないのだ。
 それなのに、彼はなんの評価もされず、その上、隔離されて一人寂しく死んでいった。
 妻にも子にも会えず、親族にも会えず、孤独な最期を迎えさせられたのだ。
 
 なんと言うことだろう。
 考子は彼の無念に心を寄せた。
 34歳の前途は洋々だったはずだ。
 生きていれば数多くの患者の病気を治せたはずだ。
 そして、多くの患者や家族から感謝されたはずだ。
 しかし、それはもう敵わない。
 この世に存在することさえ許されなかったのだ。