わたしが産道を通り抜けて外の世界へ出るほんの一瞬の間に見たものは、〈46億年の記憶〉だった。
 わたしは46億年という生命の進化を背負って生まれてきたのだ。
 それは、奇跡と呼ぶに相応しいドラマチックな旅路だった。
 
 でも、それだけではなかった。
 外の世界に出た瞬間、わたしは誰かの声を聞いたのだ。
 それは名前を呼ぶ声だった。
 
「すくよ」

 そして、優しい声が続いた。
 
「よく聞きなさい。これから話すことはとても大事なことだから、しっかりと頭に叩き込みなさい」

 しかし、その声はすぐに厳しいものに変わった。
 
「命、それは、46億年の奇跡。それは、何物にも代えがたい貴いもの。それは、何人たりとも奪う権利がないもの。しかし、25万年前に現れたヒトという新参者は、とどまるところを知らない欲望を満たすために自らに都合の良いルールを作り、破壊行為を始めた。そして、所有欲を露わにして戦争を繰り広げ、多くの人を殺していった。それは悪徳であり、犯罪であり、冒涜(ぼうとく)である。どのような理由があろうとも許されるものではない。更に、人間同士で殺し合いをするだけでは飽き足らず、他の種を次々と絶滅していった。そして、自らを産み出した母なる地球までも痛めつけようとしている。なんということだ。愚か者めが!」

 強い衝撃波がわたしを襲い、息が苦しくなった。
 それが永遠に続くかと思われた時、また、わたしの名前を呼んだ。
 
「すくよ」

 打って変わって穏やかで丁寧な口調に変った。
 
「もう時間は残されていません。あなたが胎芽となり、胎児となり、この世に生まれ出て来るまでに、残念ながら終末時計は針を進めてしまいました。100秒を切ろうとしているのです。もう議論している時間はありません。躊躇っている時間はないのです。手遅れになる前に行動を起こさなければなりません。あなたが率先して行動を起こせば、志を同じくする者たちがあとに続くでしょう。そうすれば、大きな流れを作ることができます」

 特別な手がわたしの両肩を掴んだ。

「あなたは地球を救うために生まれてきました。愛と平和を生みだすために生まれてきました。今まで誰も成しえないことをするために生まれてきたのです」

 特別な手に力が込められた。

「環境破壊を終わらせなさい。戦争を終わらせなさい。難民を救いなさい。差別を根絶しなさい。偏見を取り除きなさい。未知のウイルスとの戦いに勝ちなさい」

 特別な手がわたしの頭に置かれた。

「これから6年間、あなたの妹や弟が毎年生まれてきます。それぞれに極めて重要な使命が与えられて生まれてきます。あなたたちはそれを成し遂げなければなりません」

 そして、特別な手がわたしの脳に触れた。