その後、真理愛に夕食を誘われた考子だったが、丁重(ていちょう)に辞退して、駅への道を急いだ。
 混みだす前に電車に乗る必要があるからだ。
 しかし、ホームで待つ人は多くなっていたし、乗り込んだドアの周りに空いた席はなかった。
 
 迷わず優先席へ向かった。
 しかし、空きはなかった。
 次の車両へ移動しても同じだった。
 探すのを諦めて、仕方なく吊革を握った。
 
 目の前では若い男性が足を組んで座っていた。
 その横の若い女性はスマホをいじっていた。
 二人とも考子を一瞥したが、席を変わろうという意思は示さなかった。
 考子は窓に貼られている優先席のステッカーに目をやった。
『おとしよりの方』『体の不自由な方』『赤ちゃん連れの方』『妊娠されている方』『マタニティーマークをお持ちの方』と表示されていた。
 そして、『この座席を必要とされる方に座席をおゆずりください』と大きな字で記載されていた。
 考子はため息をついて、バッグのストラップに目をやった。
 マタニティーマークがしっかり表を向いていた。
 そこには、イラストと共に『おなかに赤ちゃんがいます』という青い字が記載されていた。
 その字は、〈気づいて!〉と主張していた。
 もう一度若い男女に目をやった。
 しかし、彼らは気づかないふりをしているかのように、自分の世界に浸っていた。
 考子はまた、ため息をついた。