そんなことを思い出しているうちに旅番組が終わったので、真理愛はテレビを消した。
 そして、書棚からアルバムを取り出して、テーブルの上に広げた。
 
「わ~、懐かしい。フィレンツェだ」

 巨大なドームが特徴の大聖堂(ドゥオーモ)の前でピースサインをして写る二人の写真を指差して、考子は大きな声を出した。

「シー」

 真理愛は唇に人差し指を立てて考子を(いさ)めた。

 またやっちゃった、と考子は右手の拳で頭を叩く真似をした。
 そして、口にチャックをする振りをした。
 それを見てフッと笑った真理愛がアルバムをめくると、絵の写真が現れた。
 それは考子が一番好きな絵だった。
『小椅子の聖母』
 ラファエッロが1514年に描いた傑作で、円形画(トンド)の中にマリアと聖母子と聖ヨハネが描かれており、特にマリアの眼差しは何人(なんびと)をも惹きつける優しさを湛えている。
 
「考子は30分近くこの絵の前から動かなかったわよね」

 当時のことを思い出した真理愛が小さく肩を揺すって笑った。

「だって、彼女に見つめられたら動けなくなって……」

 写真に吸い寄せられるように顔を近づけると、「はい、おしまい」といきなり真理愛がアルバムを閉じた。
 そして、「また動けなくなったら大変だからね」と考子の鼻をチョンと突いた。

 考子は不満気に鼻を膨らませたが、それを気にかけることもなく真理愛がスペイン愛を語り始めた。

「マラガへ行ってからスペインへの関心が高まって色々な事を調べたんだけど、日本とはまったく違うことがわかったのよ。なんだと思う?」

「いきなりそんなこと聞かれてもわかる訳ないし……」

 突然話題が変わって、ついていけない考子は口を尖らせた。
 
「女性に関することよ」

 真理愛は男女平等ランキングについて話し始めた。

「スペインは男女平等ランキングでベストテンに入っているのよ。しかも女性議員比率は40パーセントを超えていて、更に、女性閣僚比率に至っては65パーセント、つまり三分の二が女性なの。世界でもトップクラスらしいわ。凄いわよね。それに比べて日本は」

 真理愛の頬が膨らんだ瞬間、赤ちゃんが泣きだした。

「あら大変。お腹が空いたのかな? それとも、オシッコかな?」

 彼女は小走りにベビーベッドのある部屋へ向かった。