わたし 

 お腹の中でうとうとしていたら、ママとパパの心配そうな様子を感じたの。
 世の中が大変なことになっているらしいわ。
 未知のウイルスが猛威を振るって、世界中を恐怖に陥れているんだって。
 死者がどんどん増えて50万人に近づいているらしいの。
 ペストみたいにならなきゃいいんだけどね。
 そんなことを考えていたら、特別な存在に導かれてペストの時代に連れていかれたの。
 ネズミが運んできたノミを媒体として感染爆発を起こした、あのペストの時代よ。
 
 それは、14世紀のヨーロッパ。
 当時は黒死病(こくしびょう)と呼ばれていたの。
 感染した人の皮膚が内出血によって紫黒色(しこくしょく)になるからそう呼ばれていたのよ。
 ヨーロッパの死者は2千万人から3千万人とも言われていて、その数は当時のヨーロッパの人口の三分の一以上というから大変な状況だったのよ。
 今の日本に当てはめると4千万人以上が亡くなったことになるから、恐ろしいなんてもんじゃないわね。
 当時の人たちは地獄のような毎日を過ごしていたんだと思うわ。
 でもね、ただ怯えていただけではないのよ。
 なんとしてでもこの恐ろしい病気に打ち勝とうと必死になって知恵を振り絞ったの。
 残念ながら原因になる病原体のことは発見できなかったけど、公衆衛生という側面から打開を図ったのよ。

 どういうことかというと、この病気がオリエント(東方)から来た船から広がっている事に気づいたヴェネツィア共和国が水際作戦を開始したの。
 入国制限ね。
 船内に感染者がいないことを確認するために、疑わしい船を強制的に停泊させて船員を入国させない法律を作ったの。
 強制停泊期間は40日よ。
 それは、潜伏期間と考えられた日数を基に決められたの。
 その結果、水際で食い止めることができたのよ。
 流石ね。
 いつの時代にも賢い人がいるものね。
 いま世界中の国々で検疫や入国制限が行われているけど、そもそもの始まりは14世紀のヴェネツィアということになるわね。