それは、あまりにも突然だった。
食後、湯船に浸かり、何曲か熱唱したのちに風呂から上がった私は、セミダブルベッドで寝息を立てている裕大の横で、ひっそりとパソコンを起動した。
就寝前のSNSのチェックは、日課になっている。自分と同じような境遇にいる同志たちの呟きを見たり、コンテストや書籍化情報を見たりと、執筆においてのモチベーションを上げるための大事な時間だ。一方的に覗きに行っているだけなので、同志たちとはこれといった交流はなく、XでもDMで誰かと会話をするなんてことは滅多になかった。
それなのに、一件の承認待ちのメッセージが、私のアカウントに届いていたのだ。
同志からのメッセージかもしれない――。
最初はそう思ってワクワクしていたが、いざメッセージリクエストのページに移ってみると、その期待は大きく外れていた。
プロフィール画像は初期設定のまま、名前も適当につけたのか「あ」の一文字のみで、ユーザー名も自動生成なのか意味のなさそうな羅列だった。
あまりの不気味な雰囲気に、思わず息を呑んだ。
【お願いします消してください
あの作品消してください
すべてを暴いたらわたしはころされます
あいつにころされます】
――ドンッ。
焦ってノートパソコンを閉じると、あまりの勢いに大きな音を立ててしまった。幸いなことに、裕大は深い眠りについていたようで、その音に反応するはなかった。
凍り付いた体を落ち着かせるように何度か深呼吸をする。
そして、ふたたびノートパソコンを起動すると、先ほどのメッセージが目に入ってきた。
「『ころされる』……?」
単なる荒らしや冷やかしなら、まだいい。しかし、私はそれほどの知名度もないし、こんなことをされる理由が――。
「あっ、」
――そうだ。
私は、『ノベマ!』内にて、情報提供を呼び掛けていた。学校名は伏せていても、さすがに連続不自然死の続いた商業高校となれば、そこに通っていた生徒や、勤めていた職員、地域の住民たちは気づく。コンテストの応募作品でもあるため、一端の作家が書いた作品であっても、そこそこPV数は稼げる。その中に偶然関係者がいて、私のXのアカウントにメッセージを送ってきたのではないか。すべて憶測にすぎないのだが、そう考えるのが自然だった。
椅子に座り直し、メッセージのリクエストを許可すると、私は返信の文を打ち込んだ。
【はじめまして、雨谷ちひろです。
メッセージありがとうございます!
もしかして、関係者の方ですか?
そうであれば、ぜひ話を聞かせていただきたいです。】
すぐに既読はついたけれど、なかなか返信は来なかった。
その日のうちに返信がある可能性は低いだろうと思い、モヤモヤとした気持ちを抱えたまま寝床についた。次の日も、その次の日も、返信はなかった。そして三日経った頃には、DMのことは頭の片隅に追いやられていた。
そんな時だった。警察が家にやって来たのは。
ちょうど、勝村さんへのインタビューを『ノベマ!』に投稿するため、仮名を用いて文字起こしし終わったところだった。
平日の昼間、突然鳴ったインターホンに心臓が一瞬跳ねるも、抜き足差し足でドアホンの前へと向かった。モニターには二人の女性が映っており、応答すると「北綾瀬警察署の者ですが……」と、私と年齢があまり変わらなそうな女性の方が答えた。保険会社のセールスマンのように、いま忙しいんで、と追い払うことは出来るはずもなく、なぜか早まる鼓動に焦燥感を抱きながら、私は玄関ドアを開けた。
「お昼時にすみません。北綾瀬警察署の塚本です」
若い女性がそう名乗ると、それより一回り歳がいってそうな女性は森井と名乗った。
「あ、いえ……何か?」
やましいことがなかったとしても、警察が目の前に現れるとなると、不安が増す。知らぬ間に、犯罪の一端を担ってしまったのかもしれない。そういえば、数年前に推していたアイドルグループのグッズを、フリマアプリで少々高値で売ってしまった記憶がある。でもそれは、その時の相場を考えて設定した値段であり、他にもやってる人は大勢いた。
では、他に何が――?
「少々、お聞きしたいことがあるのです」
不安が顔に出ているであろう私を安心させるかのように、森井さんが言う。その間に、塚本さんが肩に掛けていた鞄から一枚の写真を取り出した。
「この方、ご存知ですよね?」
その写真は、免許証の写真を引き延ばしたようなもので、そこに映る女性は、ここ一ヶ月の間に顔を合わせていた人物だった。
「はい……谷元美花、ですよね?」
「そうです」
「美花が、どうかしましたか?」
思わず、息を呑む。
「……三日前、お亡くなりになりました」
えっ?
声に出たかも出てないかも、はっきりとしない弱々しい息のような声が、私の口から漏れた。
「――自宅マンションの十階から、転落したんです」