【この動画で話されている学校って、いまちひろさんが書かれているモキュメンタリーの学校ですかね!?】

 突然、そんなメッセージを送ってきたのは、あまり交流のない――というよりも、X内においても相互フォローの関係性ではなく、お互いに存在だけは認識し合っているような、小説家志望の人だった。
 メッセージと共に送られてきたのは、YoutubeのURLで、再生回数は十万回ほどの動画だった。
『タナカ怪談工務店』という名前のそのチャンネルは、怪談や都市伝説を扱ったコンテンツを配信し、人気を博していた。チャンネル登録者数の増加に拍車がかかったのは、切り抜きの動画がYoutubeのショート動画や、TikTokなどのSNSで拡散され、多くの若者の目に留まったからだ。近年、ホラーブームの再来により、怪談や都市伝説のコンテンツが注目される中、『タナカ怪談工務店』は、自身の霊感に基づいた実体験を端的に語ることで、他の怪談チャンネルとの差別化を図っていた。実際に、私も切り抜き動画に惹かれ、丸々一本動画を見たことがあったが、そのチャンネルで母校にまつわる話が投稿されているとは思ってもみなかった。
 しかし、送られてきたものは他と比べると再生回数は低く、人気順で見ても新着順で見ても、上の方には表示されないような伸びていない動画だった。おそらく、普段からこのチャンネルを見ており、その中で偶然、私が書いていたモキュメンタリーホラーの設定に似ている話を見つけたということになるのだろう。
 その動画を、何度再生したかはわからない。ただ、何度聞いても、画面の向こうからこちらに語り掛けている小綺麗な中年男性の口から放たれる話は、私が通っていた高校での話としか思えなかった。
 現在の校舎に建て替えられたのが二十五~三十年ほど前なのは合致しているし、そもそも、地上十階建ての校舎は珍しい。日本中の学校を探したところで、両手で数えられるうちに留まるだろう。

 菓子パンを片手に、ぼーっとその動画を眺めていると、視界の端に白くて細い手がゆらゆらと揺れた。
 心臓が跳ね、あまりの驚きに私はその場から立ち上がってしまった。

「あっ、ごめん。驚かせちゃった?」

 テーブルを挟み、私の目の前に立っていたのは、大野(おおの)さんだった。ちょうど休憩に入ったらしく、片手にスマホとカーキ色のランチバッグを持っており、過剰な反応を見せた私を、丸い目で不思議そうに見つめていた。

「あぁ……いえ。すみません」
「それならよかった。一緒にいい?」
「もちろん」

 私は大野さんに促されるまま、再び席に着いた。鼓動を抑えるように小さく息を吐く。
 大野さんはランチバッグの中からコンパクトな二段弁当を出しながら、私のスマホ画面をちらりと覗いた。

「何見てたの?」

 興味深そうに聞いてくる大野さんに、私はスマホを差し出した。

「あーっ、『タナカ怪談工務店』ね。私も結構見るよ」
「あ、そうなんですね」
「……ん? しかもこれ、勝村さんの母校の回じゃない?」
「勝村さん?」

 聞き覚えのない名前に、私は思わず首を傾げた。

「ほら、ほぼ毎日朝一番に来るおばあちゃん。よくホラー小説とか買ってく人だよ」
「あぁ、あの人ですか……って、えぇっ!?」

 突然の繋がりに、自然と声が裏返った。
 勝村さんとは、私と大野さんが働く『光巡堂書店』に毎日のようにやって来る、八十歳近いおばあちゃんだ。開店時間の十時と同時に来店されて、従業員の私たちに「おはようございます」とおしとやかに挨拶をすると、店内を一周回って帰っていく。何も買わない日がほとんどだが、ホラー小説の新刊が出ていたり、お気に入りの週刊誌の発売日となると、必ずポイントカード(スマホアプリ用)を提示して購入していく常連さんだった。従業員とも、仲睦まじく話す姿はよく見られる。

「そんなに驚く?」
「……実は、――――」

 私は、大野さんに簡単に事情を説明した。
 現在応募している小説コンテストでモキュメンタリーホラーを書いているが行き詰っていること、その題材にしている学校の沿革(連続不自然死や空白の三十八年を含む)、そして勝村さんの母校が私の母校でもあるということを話した。大野さんは相槌を打ちながら、私の話を終始遮ることなく聞いていた。念のため、勝村さんの母校であるという高校の名前を聞いてみると、見事に合致した。
 

「……なるほどね」
「もし、勝村さんが空白の三十八年間について知っているのであれば、滞っている執筆も進む気がするんです。……でも、どう聞けばいいのか」

 他の従業員ならまだしも、特に世間話をすることはなく、接客上での必要最低限な会話しかしたことのない私から話を切り出すのは、どうしても気が引けた。もともと、人とコミュニケーションを取るのは苦手な方だったし、年配の方と話すことなんて滅多にない。
 話題の切り口を間違えて、気まずい雰囲気になってしまったらどうしよう――そんな不安ばかりが頭をよぎる。

「うーん……でも、勝村さんなら平気じゃない? ものすごく寛容な方だし、ホラー系の話題は喜んでしてくれると思うよ。それに、その動画のこと教えれくれたのも、勝村さん本人からだったし」
「えっ、そうなんですか」
「そうそう。もともと、そのチャンネルよく見てたみたいなんだけど、いわゆる特定班っていう人たちがコメント欄で学校名を挙げてて、それで気づいたみたい。勝村さん、自分の母校が取り上げられてるのを見て、かなり興奮したって言ってたよ」
「本当ですかっ」

 大野さんからの情報を聞いて、心が楽になった。少なくとも、母校の怪談についてはネガティブな印象を持っていないようだ。それであれば、話は切り出しやすい。
 私の中で、決意が固まった。

「次会った時、話聞いてみようと思います」