その言葉に、あたしは思いっきり鼻白んだ。

 ズーンと落ち込んだ最悪な気分の時に、頼んでもいない料理を食べさせられたあげく、さあこれから歌を合唱しましょうとでも、明るく言われたような感じ。しかも大嫌いな歌を。

  リップをぬった唇をぎゅっと結んだ。なんだか、頭にきた。カッカ、カッカしてきたのは日差しの暑さだけではないと思う。

 ズボンのポッケに両手を入れたまま、彼が振り返った。履き慣れた黒い革靴が砂に汚れている。白い半袖シャツは、真夏の光にきらきらと反射している。日にあたると、青白い肌がますます透きとおって見える。

 体を動かすのは好きじゃないんだと苦笑いをした彼に、じゃあその分あたしがいっぱい走るからと言ったのは、去年の体育祭での話。彼はからきし運動はダメだから。あんたたちは正反対ねえと、家に連れてきた彼を見て、母にからかわれたのは、半年前の話。その時、僕たちは磁石なんですと真面目に彼は言った。NとS。北と南。けして同じにはなれないけれど、ふたつは惹かれあっています。触れあうことはできないのに、必ず一緒にいるんです――。それを聞いて、あたしも思った。ずっと一緒にいたい。

 ずっと一緒に……

 彼が笑った。

 白い歯が光り輝くような笑い方ではなくて、照れたようにはにかんだ笑顔。あたしのいっとう大好きな笑顔。彼に告白した時も、照れくさそうに頭をかきながら、優しく笑ってくれた。

 ――遠くへ行くことになったんだ。

 この浜辺へ足を踏み入れた時から、嫌な予感はしていた。あたしたちは今年学校を卒業する。同じ地元の大学を希望していた。海辺に寄せる波の音に耳を傾けながら、話があるんだと切り出して、彼はそう言った。

 ――空と海がどうして青いか知っている?

 さっきの彼の言葉。

 あたしは唇をぎゅっと結んだままだ。

 彼は恥ずかしがるように笑い、それでもはっきりと喋った。

 ――空と海が青いのは、お互いを慕っているからだよ。でもけっして触れあうことはできない。だから互いの気持ちに変わりのないことを示すために、真っ青なんだ。

 だからなんなのよ。あたしは噛みついた。その拍子に、口のなかにぽろんと入った。塩っ辛い味。太陽は眩しいのに、雨でもふっているの?

 彼はあたしの前に立つと、ひょろっとした長い背中で、陽の光を遮った。

 ――僕はずっと見上げているから。

 あたしがいつも見上げなきゃいけない男が言う。

 ――離れていても、青い海のままで、青い空を見ているから。

 彼のひとさし指が、あたしの目尻をぬぐった。

 ――だから、泣かないで。

 あたしは両手で顔を覆った。バカみたいに涙がとまらなくなった。夏の日の午後、晴れた青い空の下で、青い海の波音を聞きながら、彼の別れの言葉に泣くなんて出来すぎている。ほんとにバカみたい。でも次々とあふれてくる。

 彼があたしの両肩にそっと手をおいた。それはいつもの感触。あたしと彼はいつだって手をつないだり、背中に抱きついたり、キスだってできた。

 波の音が、前よりも遠く感じる。

 涙がとまらなかった。