「きぃえぇええ!! ごきぶり滅ぶべし!!」

 見合い相手が訪れるまでの間、邸の庭を散歩しているところだった。
 この世で最も嫌いな、黒々しく輝くかさかさ動く虫を目にした瞬間に鬼術(きじゆつ)で豪快に焼き尽くしてしまった。
 正にその場面を見合い相手に目撃されたのである。

「陽射や、慎みをもちなさい」

 見合い相手を案内していた父に窘められた。
 父の後ろで巨躯の軍事が目を丸くしている。
 破談かなぁ、どうだろうなぁ、と庭先に立ったまま思案していると、軍人が目の前までやってきて何と跪いた。

「職業婦人に興味ありませんか」

「ええと、お見合いのお相手ですよね」

 話が繋がらず、本来の目的を問い掛ける。

「見合いと、勧誘を致したく」

 返ってきた言葉に陽射は「はあ」と気の抜けた返事をした。


 皇紀二五六七年、鬼と人が共存する国、日本帝国。
 鬼の頭領の娘が人の武家に嫁ぎ、融和の道が探られ数百年の平和が保たれていた。
 しかし鎖国から開国の折りより、外敵に手を取られているのをいいことに一部の鬼や妖怪が内乱を起こしていた。それらを悪鬼と総称し、戦う部隊が生まれた。
 目の前の軍人、篠ノ雨(しののめ)剣冴(けんご)大尉は帝国軍悪鬼討滅部第一実働隊隊長である。爵位は伯爵。
 対する深田(みた)陽射(ひざし)鬼族(きぞく)深田侯爵家の令嬢で鬼と人間の混血だ。

「侯爵令嬢に労働を持ち掛けるなど巫山戯た話であると重々承知しております。しかし先程見た鬼術は素晴らしかった。虫螻(むしけら)とは言え灰すら残さないあの業火!」

 応接間に案内に拝聴したのは、陽射の鬼術がどれほど素晴らしかったかの熱弁である。
 普通の人は気味悪いと近寄らなくなるものだけど、と陽射は思う。

「そして悪鬼討滅に鬼族の長である深田が参戦するのは大変意義が深いと愚考致します」

 おお、何かまともなことを言ってきた、と感嘆した。
 鬼術を褒めてもらえるのは嬉しいし、剣冴の言うように政治的な意義もある。悩み、そこで気になっていたことを訊ねた。

「給金はいかほどで」

 剣冴は呆気に取られた様子で、誤魔化すように咳払いをする。

「基本月給危険手当付き金百円、その他各種手当ては別途支給です」

 金百円の価値がいまいちよく判らなかったので父に視線をやる。

「まあ、それなりにいい待遇じゃない。それだけ命が安いのだろうけど」

「陽射嬢が従軍する折りには我が隊に編入し、守ります」

 給金も貰える、ということが陽射には魅力的に見えた。
 両親は愛してくれるし、侯爵令嬢として何不自由なく暮らしているが、自分でお金を稼ぎ自分で使うということに興味があった。
 これまでに戯れに悪鬼の子分を葬ったこともある。

「お父様、私やってみたいです」

「剣冴君の言うように意義はある。頭領も悪鬼には手を焼いているしね。深田の姫が討滅に出るのは鬼側としても意に叶う」

 ううん、と一頻り唸った後、父は言った。

「相判った。剣冴君に娘を預けよう。その代わり、必ず結婚すように。いいね」

「はっ、有り難き幸せ」

 陽射も満足して頷いた。そして気付く。
 今の会話で見合いらしい話をしただろうか、と。