「……はぁ⁉︎ 死ぬってどういう事だよ!」
「神様の器になるってね、体にとても負担がかかるの。だから、次で最後だろうって」

 死ぬのは、蛍の意思じゃない? そんなの、納得できる訳がない。

「なら、まだわからないだろ! もしかしたら生きられるかもしれない!」

 蛍は首を振って続ける。

「ダメよ。先代だった叔母様、お母様のお姉さんも、先々代だったお祖母様のお姉さんも、その前も、ずっと、そうだった。私だけ助かるなんて、ないよ……」

 彼女の声は、どこまでも静かだ。

「っ……! くっ、そ、そもそもなんで、蛍がやらなきゃならないんだよ! 国の未来なんて、お偉いさん達に任せておけばいいだろ!」
「……」

 蛍は何も言わない。

「そうだ、このままここに住んじまえよ! そんな役目なんて捨てて、一緒に住もう!」
「……ふふ、まるでプロポーズね」

 本心から出た言葉だった。

「でも駄目。お婆様とお爺様が許さないわ」

 それきり彼女は喋る事は無かった。これ以上話す事は無いとでも言うように。

 少しして、沢山のホタルが夜空へと舞い上がって行く。

 これまで何度もみたその幻想的な光景が、その時の俺には、いつにも増して儚く見えた。


 翌日の夕方、彼女は予定通り帰路についた。

 そして夜になったが、一向に眠気が来ない。仕方がないので窓から屋根に登り、星を眺める事にした。

 降雪量の少ないこの地域は、屋根がやや平たい。その屋根に寝転がって、思考に耽《ふ》ける。

 夏休みの課題の事。新学期の事。暫く会っていない友人の事。両親の事。そして、自身が恋をしてしまった少女の事。

 一度考えてしまっては、頭から離れない自分と同い年の少女。間も無く死んでしまおうとしている少女。

 予言なんていう、不確かなモノを頼る大人達の勝手な都合で、彼女は死ぬと言う。

「んな馬鹿な」

 そう呟いてみたが、その話をする時の彼女の真剣な表情が頭から離れない。

 そうしているうちに眠気を感じ、俺は自室に戻った。

 翌朝、人生最速で目覚めた俺は始発のバスに乗っていた。蛍の家に向かうためだ。住所は、契約書に書かれていた。

 その家に着いたのは、七時頃。

「で、でけぇ……」

 彼女から大きな神社だとは聞いていた。しかし想像を優に超えるその大きさに、俺は呆気に取られてしまった。

 だがのんびりしている場合ではない。俺はすぐに我に返り、その奥へと足を進めた。

 鳥居を抜け、二つの社《やしろ》を超えて、一番奥を目指す。

 目指すべき場所はすぐにわかった。明らかに要人を警護していますと主張するような集団がいて、その建物への道が封鎖されていたからだ。

 さて、問題はどうやってあの中に入るかだ。通してくださいと言ってはいどうぞというわけにはいかない。

 どうしようかと悩んでいる時だった。

「……祐介?」
「っ! 蛍!」

 彼女は酷く困惑しているようだったが、無理もない。

「どうして、ここに?」
「その……」

 彼女が予言する所を見ておきたかった、と言うのは気恥ずかしかった。

「と、とにかく邪魔する気は無いから! それより、こんな所にいていいのかよ」
「え、うん。ちょっとお手洗いに行ってただけだから」

 目の前の建物に、トイレは無いらしい。
 そのまま蛍に連れられ、俺は封鎖された建物の中に入っていった。

「蛍、誰だその子は」

 案内された部屋に居たのは、テレビでよく見る現総理大臣と、老人が二人、それから俺の両親と同じくらいの歳に見える男女。蛍の祖父母と両親だろう。女性二人は給仕をしている。

「お爺様……私の、友人です」

 少し胸がキュッとした。

「何故連れてきた?」
「俺が勝手に来ただけです。彼女に非はありません」

 目の前の老人をまっすぐ見つめて言う。厳格そうで怖かったが、目を逸らしてはいけないと思った。

「……お父様」

 蛍の父親らしき男性が、縋るような声を老人に向ける。

「………………良いだろう」

 暫く此方を睨み付けていた蛍のお祖父さんが、総理に一瞬目配せをして、そう言った。

「ただしその格好で参列する事は許さん。火乃香《ほのか》、彼に着物を持ってきなさい」
「お爺様……! ありがとうございます」
「ありがとうございます」

 蛍に続けて例を言うと、老婆の案内に従って別の部屋へ移動した。

 広い殿内の、長い廊下の先、小さな畳張りの部屋に一人入る。その中には既に一着の着物と袴が用意してあった。
 案内してくれた老婆と着物を用意してくれた女性は、それぞれ襖の隔てた向こうにいる。

 着物を着る機会が少ない為に少々四苦八苦していると、襖の向こうから嗄れた声が聞こえた。

「貴方、名はなんと言いましたか」
「……祐介です」
「そう……祐介さん、ありがとうね」
「えっ……?」

 初め、なんと言われたか分からなかった。孫の命より儀式を優先するような人たちだ。もっと酷い人たちだと思っていた。

「あの子にこんな素敵な友達が出来るなんて、思わなかったもの」

 しかしその声はとても優しくて、愛に溢れていた。

「あの子がどう思っているのか分からないけれど、私たち家族だって、辛いのよ」

 それきり老婆は黙ってしまったが、その時俺は知った。これは、価値観の違いでしか無いのだと。

 着替えを終わり、火乃香と呼ばれた女性にチェックしてもらう。

「……娘の最後の晴れ姿、しっかり見ててあげてね」

 手を止めずに呟かれた言葉に、俺はハッキリと了承の返事をした。

 細かい部分を直してもらい、いくつかの説明を受けて元の部屋へ移動する。
 松の描かれた襖を開けると、蛍のお爺さんと総理大臣だけが残っていた。

「来たか」
「すみません。お待たせしました」

 何故か総理と一緒に案内されて、儀式を執り行う部屋へ移動する。今思えば凄い事だったのだろうけれど、この時の俺にそんな事を考える余裕は無かった。

 蝋燭で照らされた、厳かな雰囲気のそこは一番奥にあった社の中だ。大社造と言うらしいこの社が本殿であり、右手の方にある祭壇の奥の小さな扉の内には御神体があるそうだ。

 指定された位置で正座をし、暫く待つ。