山側から順に案内し、海岸線にある小さなバス停まで戻って来た。途中で会った人たちとお喋りすることもあったが、まだ日は沈みきっていない。

「六時半か……。大体全部回ったし、そろそろ戻るか」
「うん、わかった」

 まだ会ってない人たちに紹介するのは、次の機会でいいだろう。そう考えた。

 夕食を食べ、蛍を彼女の部屋に案内する。廊下を挟んで、俺の部屋の反対側だ。

「それじゃ、おやすみ」
「うん、また明日ね」

 この日は色んな疲れもあって、すぐに眠りにつけた。

 翌日、俺が起きてきた頃には既に、朝の支度を終えて家事の手伝いをする蛍の姿があった。

「おはよう。早いな」
「そう? いつもこんなものだよ」

 彼女はそう言っていたが、この時まだ七時を回っていなかったはずだ。その勤勉な様子を見ても、昨日一日の様子を見ても、彼女が自殺を考えている様には感じられなかった。

 その日は一日、二人で川釣りをして過ごした。

 三日目、蛍が海で泳ぎたいというので、祖父母も連れて海水浴に行った。

 祖父母がのんびり談笑する浜辺に背を向け、俺と蛍は海へ駆けていく。
 蛍は用意してきていたと言う水色のシンプルなビキニの上に、同じようにシンプルな白いシャツを着ていた。

 いつもの俺なら、大きくは無いが、確かにある美人の双丘に鼻の下を伸ばしていただろう。しかしその時の俺の思考は、彼女が何故自殺するのか、そして、彼女は本当に自殺する気なのかという事でいっぱいだった。

 そんな思考の海に沈みかけていた時、顔面に冷たさを感じて我に帰る。

「ぺっぺっ……なんだ!?」
「ボーッとしてるからだよ!」

 海水を俺にかけてきた犯人は、そう言って悪戯っぽく笑った。

「ほらほらっ、祐介もおいーーきゃっ!」

 ここで黙っていては男が廃る。そう思って俺は、海の中に飛び込んだ。

「お返しだっ!」
「やったなー!」

 そうやって暫く水をかけあった。

 たぶんこの時、俺はもう、蛍に惚れてしまっていたんだと思う。

「明後日の朝に急用が入りました。明日の夕方から一度家に帰って来ます。帰るのは明後日の夕方以降になるかと」

 四日目の朝、朝食の席で蛍は俺たちにそう告げた。

 所詮俺たちは、企画の主催者と参加者の関係だ。家の事情に首を突っ込むような真似はできない。
 この時はそう思って、ただ了承の返事をしただけだった。

 この日一日、蛍はどこにも出かけなかった。家事の手伝いはしてくれていたのだが、どこかぼんやりとした様子だったのが酷く気になった。

 だからだろう。珍しく俺から彼女を誘ったのは。

「ホタル、見にいかないか」
「え? ……あ、虫のホタル?」
「そう」
「…………うん、行く」

 夕食の席でのその会話を、祖父母は微笑みながら見ていた。

 夕食を終えた後、暗くなるのを待って家を出た。

 時刻は夜の七時半。

「じゃ、爺ちゃん婆ちゃん行ってくる」
「行ってきます」
「あぁ気をつけてな」
「婆ちゃんたち、帰ってくる頃には寝てるかもしれないから、帰ったら戸締りしといてちょうだい」

 はいよ、と返事をして、歩き出す。

「足元、気をつけてな」
「うん」

 それから目的地まで、互いに一言も喋らないままだった。

 目的地は、近くを流れる小さな川の、山に少し入った辺り。二日目に釣りをした川の上流だ。歩いて十分もかからない。

「ここら辺がいいかな」
「……まだいないね?」

 時間を確認する。

「まだもう少し待たないとだな。少し早かったか」

 態とだ。

「…………なぁ、なんで死ぬのか、聞いていいか?」

 自殺という言葉は避けた。

「………………私の家ね、大きな神社なんだ」
「神社?」
「そう、神社。私はそこの巫女をしてて、時々、神降しの儀式をするの」

 神降し? 突然、彼女は何を言っているのだろうか。揶揄われているのかとも思った。

「神様に私の体に降りていただいて、国の未来を予言する。これが、その儀式」

 しかし彼女は真剣だ。

「ふふ、信じられないよね」
「あ、いや…………うん」
「まあ仕方ないね。でも、総理大臣なんかが予言を聞きにくるんだよ?」

 嘘をついている風ではなかった。

「その儀式が、明後日にあるのか?」
「うん、そう。明後日に、最後の儀式があるの」

 何やら凄そうな事をしている割に、誇らしさは感じられない。それに、その事が彼女が死ぬ事とどう関係するのかもわからなかった。

「最後って、どういう意味だ?」

 だから、聞いてしまった。その言葉の意味を。

「…………その儀式を最後に、私、死んじゃうの」

 時間が止まった気がした。