お互いの気持ちを確認しあった後で走り出した車が、緋茅町の朝希の家の前で停止した。朝希が車から降りてから、朝よりも外れた場所に車を停め、眞郷もまた降りてきた。朝希の家の車庫の前、道路から離れた場所に、眞郷は車を停めたかたちだ。

 家に来たいと車内で告げた眞郷に対し、朝希は頷いた。坂道を上がって玄関の鍵を開けながら、朝希は体を硬くしていた。好きな相手と家の中で二人きりになるというのは、車内よりもさらに緊張する。それを悟られたくなくて、平静を装い中へと入った。

「お邪魔します」

 靴を脱いで眞郷も中へと入ってくる。動揺をなんとか静めながら、朝希は居間へと向かった。そしていつかのように、二人でローテーブルをはさんで向かい合う。朝希は湯呑みを二つ用意して、お茶を淹れた。

「なぁ、朝希くん」
「な、なんだよ?」
「俺は朝希くんの心も勿論欲しかったけど、体も欲しい」
「……そ、その……俺は、女とも付き合った事が無いし、男とも無い……どうしていいか、分からねぇんだよ……俺、どうしたらいい?」
「俺に抱かれるのは、嫌じゃない?」
「分かんねぇ。けど、多分……嫌じゃない」

 なにせ、抱かれる空想をして自慰に耽ったほどだ。しかしそれは口にしない。

「だったら、寝室に行きたい」
「お、おう……あ、で、でも、ふ、風呂とか……」
「俺は気にしないけど、朝希くんは気になる? 気になるなら、待っているから入ってくるといい」
「行ってくる」

 勢いよく立ち上がり、朝希は逃げるように洗面所へと向かった。脱衣所を兼ねたその場所で服を脱ぎ、慌てて浴室へと入る。そこで丹念に髪や体を洗ってから、最後に頭から温水を浴びた。いつもよりも長い時間そうしていたのは、これからの情事を想像してガチガチに緊張していたからだ。しかしあまり待たせても悪いだろうと思い、心の準備は出来ないままだったが、外へと出る。

 そして脱衣所に常備してある着替えの下着とTシャツを身につけて、ボトムスはそのままに、髪を乾かして居間へと戻った。

「待ったか?」
「待った」
「わ、悪い」
「でもいくらでも待つよ。もう大丈夫なら、寝室に案内してくれ」

 冗談めかして笑った眞郷には、やはり余裕があるように見えた。朝希は頷いて立ちあがると、居間を出て、二階へと続く階段の前に立った。眞郷がついてくる。軋む階段をそのままのぼり、自室の隣の座敷に向かった。

 押し入れから布団を出し、そこに敷く。そして真新しいシーツを広げた。自分の部屋に招いたら、毎夜今日の事を思い出してしまいそうで怖かったから、両親や兄弟が戻ってきた時に泊める部屋へと案内した。

 それから畳の上で正座をして、ぎこちなく眞郷を見る。眞郷は鞄から、ローションとコンドームの袋を取り出していた。

「なんでそんなの持ってるんだよ?」
「いつ何があってもいいように、俺は常備してる」
「そ、そうか。行きずりとか、やっぱ、あるのか?」
「一夜限りが一度も無かったとは言わないけど、基本的に俺は恋人としか寝ない。ただいつ恋人が出来てもいいように、用意は怠らない。実際に今日、朝希くんという恋人が出来て、これらも有効活用出来そうだ」

 その言葉に、カッと朝希の頬が朱く染まった。こうして二人の夜が始まった。
 服を脱いだ朝希の体を、眞郷がゆっくりと布団に押し倒す。

 事後、眞郷は柔和に笑ってから朝希の体を抱き寄せた。

「やっぱり、可愛いな」
「……変じゃなかったか?」
「どこが?」
「俺……こういうの、初めてだから、分かんなくて」
「何も変じゃなかった」
「ちゃんと眞郷さんも、気持ち良かったか?」
「ああ。『も』と言う事は、朝希くんも?」
「っ……」

 照れながらもコクリと朝希は頷いた。すると微笑したままで、眞郷もまた頷く。

「よかった。しかし、可愛い事を聞くんだな。俺の事を気にしてくれるとは」
「だって……好きな相手には気持ち良くなってほしいし、本当に俺で大丈夫かな、とか……」
「想像以上に真面目というか、健気だな。大丈夫だよ、俺は朝希くんがいいんだ」

 眞郷が朝希の髪を梳くように撫でる。その優しい感触が擽ったい。

「ダメだな。もっと欲しくなって困る」
「え」
「朝希くん。もう一回」
「な」

 そのまま、眞郷が朝希の上にのしかかってくる。こうして朝希が目を白黒させている内に、二回戦目が始まった。