レストランに行ってから数日後。
仕事を終えて帰宅した朝希は、大きく吐息しながらキッチンにいた。冷蔵庫の野菜室から取り出したのは、自分が作った野菜達だ。それらを切って簡単なおかずを用意し、夕食とした。居間のテーブルに料理を運び、手を合わせてから考える。
キュウリとトマトのサラダ、おひたし、鮭だけはスーパーで買った品だ。朝希にしては珍しくないメニューである。このキュウリとトマトは、それこそ規格外野菜だ。これまでも今のように、廃棄しない分を、自分では食する事があった。味が劣っても、己が食べる分には構わないと考えていた。それこそ規格外でも大切な成果物であったし、自分と似たような存在であるこれらの野菜を見ていると、慰められるような気持ちにもなる。だが、本当に未来があるならば、その可能性を潰してよいとも思わない。静かに箸で野菜を口に運びながら、朝希は味を確かめる。
翌日も仕事へと向かい、朝早くからトマトと向き合った。そうして昼休憩になりビニールハウスから外に出ると、眞郷の姿が見えた。本日もスーツ姿だが、不似合いなスニーカーを履いている。
「こんにちは、朝希くん」
「おう」
「これ、差し入れだ」
本日も眞郷はトマトジュースを持参した。受け取りラベルを見ると、今度は品名がついていて、洒落たデザインに変わっていた。礼を受け取り飲んでみると、味は前回のものと同じだった。
「軌道に乗って、全国のレストランで提供と販売をする事になった」
「そうか」
「トマトが足りないくらいだ。と、言っても、限定品だときちんと書いてあるから、こちらのためにも量産してもらう必要はない」
タオルで汗を拭きつつ、眞郷の言葉を聞いてから、静かに朝希は頷いた。その頷くという些細な仕草に、眞郷が目を留める。
「分かってくれているみたいだな」
「そりゃあ、まぁ……」
「結論を急かすつもりはないが、今の気持ちを聞きたい。今夜、仕事が終わってから、少しお話をさせてもらえないか?」
「少しだけならな」
「良かった。では、俺が泊まっている温泉のレストランに予約を入れておく。名前は――」
「この町には一軒しか温泉はない。緋茅の里だろ?」
「ああ、そうか。そこです。何時が良い?」
「六時には行ける」
「では六時に」
そんなやりとりをしてから、朝希は土手に設置してある簡素な木のベンチを見た。いつも昼食はここで、簡単に作ってきたおにぎりを食べている。そばの水道で手を洗ってから、朝希がそこに座ると、自然な動作で眞郷も隣に座った。
「美味しそうな大根の味噌漬けだな」
「漬物は慣れると簡単だ」
「手作りなのか」
「まぁな。これもあんたの言う規格外の大根だよ。そこの無人販売所で買ったんだ。あそこに物を置く連中に、もっと率先して声をかけてまわってみたらどうだ? きっと喜んで、眞郷さんの話を聞くと思うぞ」
「そうか、それは良い事を聞いた。でも、今俺が心を動かしたいのは、君だからな。朝希くんに考えを変えてもらってからにする」
「まぁ確かにトマトハウスの規模は、俺のところが大きいかもな」
「規模だけの問題じゃない。俺はもっと朝希くんの事が知りたくなったし、俺の事も知ってもらいたいと思ってるんだ」
「ビジネスパートナーみたいなのが、俺にはよく分からねぇよ。俺は、農業しかやった事がねぇからな」
そう告げてから、朝希はおにぎりを食べた。おかずは昨夜余分に焼いた鮭をほぐしたものである。朝希の昼食の間、ずっと眞郷は隣に座り、あれやこれやと雑談を口にしていた。食べつつ適度に頷きながら――距離が近いなと、朝希は考えた。時折眞郷の端正な横顔を見ては、距離感が分からなくなる。熱心に規格外野菜の活用方法から趣味にいたるまでを語っている眞郷を見ていると、何故なのか時に惹きつけられるような感覚になる。多分、自分とは違って明るいからなのだろうと、朝希は思った。どうしても己には、同性愛者だという事を隠している負い目がある。人々に見せているのは、所詮偽りの姿だという感覚がある。
だが眞郷には、そんな迷いは微塵も見えない。同じゲイであるのに、やはり眞郷は『人間の中の規格品』に見えた。
それが羨ましくもあり、眩しくもある。
眞郷のようになりたいと思うわけではないが、考え方の違いを目の当たりにすると、自然と気持ちを動かされるから、惹かれてしまうのかもしれない。食べ終えてすぐ、そんな思考を振り払い、朝希は立ち上がった。
「じゃあ、六時に」
「うん。頑張ってな。応援しているから」
「どうも」
こうして朝希は仕事へと戻った。
熱中して農作業をしてから、朝希は四時頃本日の仕事を終えて、一度家へと戻った。そして洗面所で手を洗ってから、軽くシャワーを浴びる。汗を流してから、服を着替えた後、キッチンで水を飲んだ。その後居間で、車の鍵とスマートフォンを小さな鞄に入れて、時間が過ぎるのを待っていた。
仕事を終えて帰宅した朝希は、大きく吐息しながらキッチンにいた。冷蔵庫の野菜室から取り出したのは、自分が作った野菜達だ。それらを切って簡単なおかずを用意し、夕食とした。居間のテーブルに料理を運び、手を合わせてから考える。
キュウリとトマトのサラダ、おひたし、鮭だけはスーパーで買った品だ。朝希にしては珍しくないメニューである。このキュウリとトマトは、それこそ規格外野菜だ。これまでも今のように、廃棄しない分を、自分では食する事があった。味が劣っても、己が食べる分には構わないと考えていた。それこそ規格外でも大切な成果物であったし、自分と似たような存在であるこれらの野菜を見ていると、慰められるような気持ちにもなる。だが、本当に未来があるならば、その可能性を潰してよいとも思わない。静かに箸で野菜を口に運びながら、朝希は味を確かめる。
翌日も仕事へと向かい、朝早くからトマトと向き合った。そうして昼休憩になりビニールハウスから外に出ると、眞郷の姿が見えた。本日もスーツ姿だが、不似合いなスニーカーを履いている。
「こんにちは、朝希くん」
「おう」
「これ、差し入れだ」
本日も眞郷はトマトジュースを持参した。受け取りラベルを見ると、今度は品名がついていて、洒落たデザインに変わっていた。礼を受け取り飲んでみると、味は前回のものと同じだった。
「軌道に乗って、全国のレストランで提供と販売をする事になった」
「そうか」
「トマトが足りないくらいだ。と、言っても、限定品だときちんと書いてあるから、こちらのためにも量産してもらう必要はない」
タオルで汗を拭きつつ、眞郷の言葉を聞いてから、静かに朝希は頷いた。その頷くという些細な仕草に、眞郷が目を留める。
「分かってくれているみたいだな」
「そりゃあ、まぁ……」
「結論を急かすつもりはないが、今の気持ちを聞きたい。今夜、仕事が終わってから、少しお話をさせてもらえないか?」
「少しだけならな」
「良かった。では、俺が泊まっている温泉のレストランに予約を入れておく。名前は――」
「この町には一軒しか温泉はない。緋茅の里だろ?」
「ああ、そうか。そこです。何時が良い?」
「六時には行ける」
「では六時に」
そんなやりとりをしてから、朝希は土手に設置してある簡素な木のベンチを見た。いつも昼食はここで、簡単に作ってきたおにぎりを食べている。そばの水道で手を洗ってから、朝希がそこに座ると、自然な動作で眞郷も隣に座った。
「美味しそうな大根の味噌漬けだな」
「漬物は慣れると簡単だ」
「手作りなのか」
「まぁな。これもあんたの言う規格外の大根だよ。そこの無人販売所で買ったんだ。あそこに物を置く連中に、もっと率先して声をかけてまわってみたらどうだ? きっと喜んで、眞郷さんの話を聞くと思うぞ」
「そうか、それは良い事を聞いた。でも、今俺が心を動かしたいのは、君だからな。朝希くんに考えを変えてもらってからにする」
「まぁ確かにトマトハウスの規模は、俺のところが大きいかもな」
「規模だけの問題じゃない。俺はもっと朝希くんの事が知りたくなったし、俺の事も知ってもらいたいと思ってるんだ」
「ビジネスパートナーみたいなのが、俺にはよく分からねぇよ。俺は、農業しかやった事がねぇからな」
そう告げてから、朝希はおにぎりを食べた。おかずは昨夜余分に焼いた鮭をほぐしたものである。朝希の昼食の間、ずっと眞郷は隣に座り、あれやこれやと雑談を口にしていた。食べつつ適度に頷きながら――距離が近いなと、朝希は考えた。時折眞郷の端正な横顔を見ては、距離感が分からなくなる。熱心に規格外野菜の活用方法から趣味にいたるまでを語っている眞郷を見ていると、何故なのか時に惹きつけられるような感覚になる。多分、自分とは違って明るいからなのだろうと、朝希は思った。どうしても己には、同性愛者だという事を隠している負い目がある。人々に見せているのは、所詮偽りの姿だという感覚がある。
だが眞郷には、そんな迷いは微塵も見えない。同じゲイであるのに、やはり眞郷は『人間の中の規格品』に見えた。
それが羨ましくもあり、眩しくもある。
眞郷のようになりたいと思うわけではないが、考え方の違いを目の当たりにすると、自然と気持ちを動かされるから、惹かれてしまうのかもしれない。食べ終えてすぐ、そんな思考を振り払い、朝希は立ち上がった。
「じゃあ、六時に」
「うん。頑張ってな。応援しているから」
「どうも」
こうして朝希は仕事へと戻った。
熱中して農作業をしてから、朝希は四時頃本日の仕事を終えて、一度家へと戻った。そして洗面所で手を洗ってから、軽くシャワーを浴びる。汗を流してから、服を着替えた後、キッチンで水を飲んだ。その後居間で、車の鍵とスマートフォンを小さな鞄に入れて、時間が過ぎるのを待っていた。