浚われる時、陵辱されそうになったら抵抗しようと決めた。
 そして案の定陵辱されそうになった時、陵辱しようとした男の名が正勝であると知る。
 やはり、深田正勝であったかと逡巡する。
 殺しても文句は言われないだろうが、恭枋の立場が悪くなるかもしれない。悩んだ隙に頬を打たれた。抵抗しなかったことに気を良くして正勝は馬乗りになろうとする。
 “それ”は恭枋のものだ。
 右手で正勝の首を掴むと力を込める。窒息しそうでしないところを見極め力を込めた。

「花狩灯!」

 恭枋が見ていた。
 本家の人間にここまでやって良かったのか悩み、正勝を取り落とした。

「だんなさま……」

 全身の力が抜ける。
 恭枋が走り寄ってきて抱き締められた。

「嗚呼、お会いしたかった」

 自分の身のことは自分で何とか出来るが、恭枋に会いたかった。
 耐えられると判っていても暴力に曝されるのはいい気分ではない。
 助け出され、拝借した馬で屋敷へと向かった。
 着いた頃には朝だった。
 恭枋は昨晩のうちに用意されていた寝床に花狩灯を横たえた。

「眠ってください、花。その間に頬の手当をしますから」

「これくらいすぐ治りますわ」

 そう言って笑ってみせるが恭枋は不満のようである。
 存外可愛らしいお方、と思って更に笑みが零れた。

「それでもです。こちらの気持ちも考えてください」

「ではお願いします」

 目を閉じると思ったより疲れていたのかするっと眠る。
 頬を触る手つきが優しかったことだけ覚えていた。
 ふっと目を覚ますと昼過ぎだった。
 隣に恭枋がいて嬉しかったが、難しそうな顔で書面を眺めている。

「旦那様?」

「ああ、起きましたか。おはようございます。さあ、頬をよく見せてください」

 当ててあった薬を塗った綿紗を取り払い、頬の様子を確認された。

「いいですね。綺麗に治っています」

「手当してくださってありがとうございます」

 礼を言うと、強ばっていた表情が少し緩む。
 何事にもどっしり構えている方がどうかしたのだろうかと気に掛かり書面に目を遣る。
 恭枋は書面の内容を教えてくれた。

「鬼の頭領からです。正勝が昨夜のことを抗議しに頭領に会いに行ったそうなのですが、あなたを拐かしたことを看過され身柄を拘束されたと。私に正勝の代わりに本家深田を治めるよう言ってきています」

「それは……、まあ。鬼や眷属の目は何処にでもありますから」

 鬼の側も昨晩のことがある種の茶番だと解っているはずだ。
 それでも尚、身柄を預かるとは正勝は嫌われていたらしい。これを口実に表の世界には帰ってこられないだろう。

「領地一万石と言われると実感がないですね」

「旦那様ならきっと立派に治められますわ」

 鬼の頭領の言うことに否は存在しない。
 しかし、と恭枋は前置く。

「何となく当たりはついていますが、何故あのような危ない真似をしたのです」

「首を刎ねるのは簡単でしたが、旦那様のお役に立てればと思い誘拐されました。結果的に殺しはしませんでしたが政敵は排除されました」

 何も危ないことはなかったのだと伝えると、彼はとても悲しそうな顔をする。

「それでも心配しました。こんなにも貴女に惹かれているのに、怖い思いをさせないでください」

 ぎゅう、と抱き締められ、今は現実か深く悩んだ。

「旦那様は形式上の妻をお求めかと思っておりました」

 思っていたことを口にする。
 並んで眠っても夫婦らしいことは何も存在しない清い関係。
 武家ならば形式上の正妻として置かれ、愛するのは側室という可能性も考えていた。

「始めはそうだったと、否定はしません。だが貴女は可憐だし、害のない他者に鬼の力を振るうこともなく、要らない怪我までしてしまう。目が離せなくて、ずっと傍にいて欲しいと思いました」

「必要あらば首を刎ねることを躊躇わない鬼女でしてよ、旦那様」

「しかし貴女には理性がある」

 真っ直ぐな目に射られ、花狩灯はときめきを感じた。初めての気持ちである。

「改めて花狩灯姫命に希う。貴女の伴侶にしてください」

「はい、貴方が望むなら。私も望みます」

 この日、初めて口づけをした。
 そして翌朝まで寝室から出て来なかったせいで、手伝いに筒抜けになる。手伝いも領民、この話は直ぐさま領地中に広まったのだった。