深田恭枋は貧乏武家である。
分家の血筋であり、確と教育を受けた武人であるが両親が謀反の疑いを掛けられ没落した。
千石ぽっちの吹けば飛ぶような家からは金目のものは全て取り上げられ、深田本家に恭枋が忠誠を誓うことで存続が許された。たとえその謀反が謀事であったとしても。
恭枋に出来たのは残された領地を途絶えさせないこと、それだけ。両親の無罪の証明は夢のまた夢だった。
そうして数えで二十六歳になった年、鬼の姫が伴侶を探していると噂になった。名だたる公達や武家を袖にして見合いを繰り返していると言う。
恭枋にもお鉢が回ってくるそうで、もし伴侶に選ばれたらみなをもっと食べさせてやれるだろうかと考えた。だが、考えただけだ。自分が選ばれることはないと思った。
だから御簾が上げられた時、心底驚いた。
顔を上げること許されて見たのは絶世の美女。射干玉の黒髪に、黒曜の瞳、そして額に一対の角。
美しく、恐ろしい。その気になれば恭枋など容易く殺されてしまうだろう。
命を握られる代わりに領地が富めばいい。
諦めと共に受け入れた、はずだった。
婚儀の翌日、目を覚ますと隣で寝ているはずの花狩灯がいなかった。初夜の床を用意しなかったのを怒りでもしたのかと、狭い屋敷を探し回った。伴侶になったはいいものの鬼をどうやって抱けばいいのか解らなかったのだ。
探していた姿は炊事場にあった。
何故か秋刀魚を焼いていた。着替えを手伝うと言われたり朝食の世話を焼かれたり思い描いていた鬼と違う。
熱烈に愛を訴えられ、かと思えば殺気を当てられ。咄嗟に鯉口を切ったが、その瞬間に死んだと思った。死か、妻として扱うかの二択だと直感する。
試しに領地に連れていくと、領民の不躾な話は聞こえないふりをしてくれたし子供とよく遊んでくれた。家業の手伝いを頼むと喜んでやってくれる。
何も人間と変わらないではないか。ちょっと強い妻、くらいなら笑い話だ。これからじっくり夫婦になっていこう。そう思った矢先に本家から呼び出しされた。
花狩灯も一緒に、と書かれていたが嫌だったのでひとりで向かう。
本家、深田正勝は大変不満そうだった。花狩灯を見たかったそうだ。酌のひとつでもさせたかったようだが、絶対にやらないどころか正勝の死体が出来上がる。連れてこなくて正解だった。
そのあとは多量に酒を呑まされ、気付いたら夜更けになっている。しかし花狩灯を待たせているので帰らなければと思い、引き留めを固辞して本家を出る。
道すがら荷車とすれ違う。夜更けに異様に急いでいたのが印象に残った。
それから暫く進んだ道で、花狩灯が身に付けている角隠しが落ちているのに気付く。
荷車の様子を思い出して確信した。花狩灯が拉致されたのだ。
何故大人しく運ばれているのかは見当がつかない。が、良くないことが起ころうとしているのは確かだ。
直感が告げる。間違いない、本家だ。本家へ取って返す。
門をくぐったところで男の悲鳴が聞こえた。正勝だ。
声がした納屋の方へ向かうと正勝が首を絞められている。花狩灯が絞めていた。
彼女の顔には殴られた痕があって、何があったか大凡察する。
「花狩灯!」
呼びかけると我に返ったのか正勝を取り落とした。
「だんなさま……」
力なく項垂れる花狩灯を抱き締める。
「嗚呼、お会いしたかった」
腫れ上がった頬が痛ましい。
休ませたいがここは敵地も同然。厩から馬を一頭拝借すると、花狩灯を乗せて帰路についた。
分家の血筋であり、確と教育を受けた武人であるが両親が謀反の疑いを掛けられ没落した。
千石ぽっちの吹けば飛ぶような家からは金目のものは全て取り上げられ、深田本家に恭枋が忠誠を誓うことで存続が許された。たとえその謀反が謀事であったとしても。
恭枋に出来たのは残された領地を途絶えさせないこと、それだけ。両親の無罪の証明は夢のまた夢だった。
そうして数えで二十六歳になった年、鬼の姫が伴侶を探していると噂になった。名だたる公達や武家を袖にして見合いを繰り返していると言う。
恭枋にもお鉢が回ってくるそうで、もし伴侶に選ばれたらみなをもっと食べさせてやれるだろうかと考えた。だが、考えただけだ。自分が選ばれることはないと思った。
だから御簾が上げられた時、心底驚いた。
顔を上げること許されて見たのは絶世の美女。射干玉の黒髪に、黒曜の瞳、そして額に一対の角。
美しく、恐ろしい。その気になれば恭枋など容易く殺されてしまうだろう。
命を握られる代わりに領地が富めばいい。
諦めと共に受け入れた、はずだった。
婚儀の翌日、目を覚ますと隣で寝ているはずの花狩灯がいなかった。初夜の床を用意しなかったのを怒りでもしたのかと、狭い屋敷を探し回った。伴侶になったはいいものの鬼をどうやって抱けばいいのか解らなかったのだ。
探していた姿は炊事場にあった。
何故か秋刀魚を焼いていた。着替えを手伝うと言われたり朝食の世話を焼かれたり思い描いていた鬼と違う。
熱烈に愛を訴えられ、かと思えば殺気を当てられ。咄嗟に鯉口を切ったが、その瞬間に死んだと思った。死か、妻として扱うかの二択だと直感する。
試しに領地に連れていくと、領民の不躾な話は聞こえないふりをしてくれたし子供とよく遊んでくれた。家業の手伝いを頼むと喜んでやってくれる。
何も人間と変わらないではないか。ちょっと強い妻、くらいなら笑い話だ。これからじっくり夫婦になっていこう。そう思った矢先に本家から呼び出しされた。
花狩灯も一緒に、と書かれていたが嫌だったのでひとりで向かう。
本家、深田正勝は大変不満そうだった。花狩灯を見たかったそうだ。酌のひとつでもさせたかったようだが、絶対にやらないどころか正勝の死体が出来上がる。連れてこなくて正解だった。
そのあとは多量に酒を呑まされ、気付いたら夜更けになっている。しかし花狩灯を待たせているので帰らなければと思い、引き留めを固辞して本家を出る。
道すがら荷車とすれ違う。夜更けに異様に急いでいたのが印象に残った。
それから暫く進んだ道で、花狩灯が身に付けている角隠しが落ちているのに気付く。
荷車の様子を思い出して確信した。花狩灯が拉致されたのだ。
何故大人しく運ばれているのかは見当がつかない。が、良くないことが起ころうとしているのは確かだ。
直感が告げる。間違いない、本家だ。本家へ取って返す。
門をくぐったところで男の悲鳴が聞こえた。正勝だ。
声がした納屋の方へ向かうと正勝が首を絞められている。花狩灯が絞めていた。
彼女の顔には殴られた痕があって、何があったか大凡察する。
「花狩灯!」
呼びかけると我に返ったのか正勝を取り落とした。
「だんなさま……」
力なく項垂れる花狩灯を抱き締める。
「嗚呼、お会いしたかった」
腫れ上がった頬が痛ましい。
休ませたいがここは敵地も同然。厩から馬を一頭拝借すると、花狩灯を乗せて帰路についた。