鬼神の花嫁になってから私の生活は一変した。
今までみんなから無能だとか忌み子だとか罵られてきたのに、弘乃が暮らす大きな屋敷に迎えられてからは酷い言葉を投げかけられることはなくなった。
寧ろその逆で、この屋敷に支える使用人の妖のみんなに慕われる様になった。
お世辞とかそんなものはない。本当に本心から私を迎え入れてくれた。
あの村に住んでいた頃はみんな梨花にしかその愛情は向けられなかったが今は私にも向けられている。
初めてのことで私は戸惑ってしまった。けれど悪い気はしない。
「真弥様。真弥様好みのお菓子を作りましたにゃ。口に合いますかどうか…」
黒猫の妖の子がお団子を持ってきてくれた。
甘しょっぱいみたらし団子。可愛らしくも落ち着いた器に置かれていてとても素敵だった。
みたらし団子も程よい甘しょっぱさで今まで食べたお団子の中で一番美味しかった。
あまりの美味しさに夢中で食べてしまう。
不味くなかったかなっと不安な様子を見せていた妖の子にとても美味しかったと感想を言った。
「ほ、本当ですか!!!嬉しいですにゃ…!!」
「本当、本当!!すごく美味しかったわ!!また作ってくれる?」
「はいですにゃ♪」
あやかしの子は嬉しそうな表情を浮かべて私も幸せな気持ちになった。こんなに微笑ましいと思えたのは生まれて初めて。
弘乃も私を心の底から愛してくれている。
すぐに助けられず苦しめ続けさせてしまったお詫びとして、私好みの素敵な着物や髪飾り、好きな動物の人形等色んなものを私にくれたのだ。
「あ、ありがたいけどちょっとやり過ぎじゃ…」
「何言ってるの。今まで真弥はアイツらに何も与えられず威張られてきた。今度は真弥が与えられる番。そして、誰からも愛されて幸せになる番だよ」
不安になる私を弘乃はいつも支えて優しくしてくれる。
本当にこの人は私のことを愛してくれるのだろうなと。
だから余計に考えしまう本当に私がこの人の花嫁でいいのかと。
しかも、梨花から浄化の異能を取り戻したけれどまだ発動したことがない。
ずっと梨花の中にいたからかもしれないが、一度も穢れを浄化できた試しがなく、傷や病を癒すこともできていない。
月の巫女としての修行も何もしたことがない私にその名を持つ権利があるのかさえ疑問だ。
このまま何も発現しなければ私はただのお荷物。弘乃にまた迷惑をかけてしまう。
不安がる私の手を慰める様にそばに居たのぶが舐めてくれた。私はその優しさに少し心が和らぐ。
こんな私をこの屋敷の人は愛してくれている。でも、その恩を返す為の力がない。
(もう少ししたらこの屋敷を出よう。のぶと一緒に静かな場所で暮らそう)
彼の幸せを願って目の前から消える覚悟は既にできてる。けれど、弘乃から離れたくない気持ちが強くて一歩を踏み出せない。
私が彼の前から消えたい理由を話せばきっと弘乃は怒るに決まってる。今の私にできることはこれしかない。
弱い私は気持ちを落ち着かせる為にのぶの身体をゆっくりと撫でた。
でも、彼名前から消える為の一歩を踏み出すきっかけはすぐに作られた。
それは、村から出てから三週間経った頃に起きた。
私は、仕事に出かけた弘乃を見送り妖の子達の手伝いをしている時だった。
突然私の前にある女性が現れたのだ。その女性の頭に綺麗な角が生えて長い銀髪の美しい女性だった。
兎の妖の子が彼女のことをこっそりと教えてくれた。
「あの人は弘乃様と同じ鬼族でとても位の高い種族のお嬢様で幼馴染の寧々様です……元婚約者でもあります…」
「元…婚約者…」
「はい。でも、すごく怖い人…」
その子以外の子もどこか怯えている。まるでこの人にとんでもない何かされたのではないかと考えてしまう程の怯え様。
寧々の言う女性はニコリと私に笑いかけると、ゆっくりと私の元に近付いてきた。
「あら?貴女が私の弘乃を奪おうとしている人間?」
「え、っと、あの…」
あまりの迫力に一瞬怯むが、すぐに我に帰り落ち着いて私の名前を告げた。
「私は真弥と申します。あの、私は弘乃様を奪ったつもりはございません。彼が直々に私に求婚されました。私はただそれに応えただけです」
「そう……あの弘乃が。まさか、本当にお父様の言う通りだったとは…腹立つわね」
寧々さんは苛立った様にため息をついた。そして、キッと私を睨みつけると持っていた扇子を私の顎に添えるとグイッと持ち上げてきた。
「っ…!!」
「知ってるわよ?貴女、無力で無能の象徴の新月の巫女だったんでしょ?それを弘乃のお陰で異能を取り戻して真の月の巫女に返り咲いた。違うかしら?」
「それは…」
「でも、貴女、全然異能を発現できていないんでしょ?弘乃の足を引っ張るだけの貴女がこの屋敷に居ていいの?」
寧々さんは私の心を見抜く様に追い詰めてゆく。
「私はね、幼い頃からずっと弘乃の側に居たの。すごく仲良しで大人になったら結婚しようて約束したの。親同士も将来は結婚しこの世界を守っていってほしいと願って私を彼の許嫁にしてくれたの。私も嬉しかったわ。だって大好きな弘乃と結ばれるもの。ずっと大人になって鬼神となった彼の花嫁になることを夢見てた。でも…」
私の顎を持ち上げる力が増して息苦しくなる。寧々さんの声も甘ったるいものから凍てつく様に冷たく低いものに切り替わる。
恐怖で背中に冷や汗が流れる。
「弘乃がお父様達と話し合ったの。何事かと思ったら婚約を破棄されたと言われたのよ。私は慌てて理由を聞いたわ。その理由の一つがアンタだったのよ。真弥」
「……」
「後は私の日頃の行いが目に余るものがあるとか適当な理由。私はずっと弘乃の為に邪魔な奴らをこの手で消してきただけなのに酷すぎるわよね?」
「まさか私も殺す気じゃ…」
すると、寧々さんは楽しそうに笑い出した。
「殺さないわ。でも、分かったでしょ?貴女には弘乃と釣り合わないって。異能を取り戻しても何もできないただの人間をいつまでも置いておくわけないでしょ?」
「でも…」
「きっと彼もすぐに目を覚ましてまた私を花嫁に向かえるはず。私と弘乃はずっと愛し合ってきたから。もし、貴女が弘乃のことを思うならどうすればいいか分かるわよね?」
困惑する私は何も言い返せない。立ち尽くす私をよそに、のぶが激しく吠える。怒りがこもった吠え方だった。
寧々さんはそんなのぶを見て鼻で笑った。
「その馬鹿犬と出て行くなら今よ。弘乃に現実を突きつけられる前にね」
すると、いつも弘乃の傍にいる狼の妖である翔くんが慌てて私の元に駆け寄ってきた。
「真弥様!!」
「翔くん…」
「遅れてしまい申し訳ない!!まさか、結界を破るなんて…寧々!!貴様、真弥様に何をした!それにもう弘乃様に近付かないと取り決めた筈だぞ!!平気で破りやがって!!鬼族の面汚しが!!」
「あはは♪私はただ事実を告げに来ただけよ?早く弘乃に目を覚ましてって言ってくれない?私と弘乃は愛し合ってる仲なんだから」
ふざけるな!!と寧々さんに飛びかかるも、彼女の姿は笑い声と共に一瞬で消えてしまった。
翔くんは必死に私の無事を確認し、寧々さんのことを教えてくれた。
殆ど寧々さんの言う通りだったが少しだけ違っていた。
婚約は向こうが勝手に決めていたこと。寧々さんが一方的に好意を寄せていてそのせいで大勢の犠牲を出したことなど。
「あんな女の戯言など気にしないでください。弘乃様は異能の為に貴女を選んだんじゃない。真弥様自身を愛しているから貴女を花嫁に選んだ」
「本当に…?」
「ええ。嘘偽りはございません。だから気を強く持ってください」
翔くんの説得力のある言葉に私は何も言えなかった。
寧々さんの言う通り私は無力のまま。弘乃に迷惑ばかりかけているただのお荷物。
彼の幸せを願うなら私にできることはもう一つしかない。
「のぶ。私と一緒に来てくれるわよね?」
やっとこの屋敷から出る決意をした。ようやく叶えられなかった夢に一歩を踏み出す。
こんなに悲しい理由になってしまったが仕方がない。
私は、弘乃とこの屋敷での思い出を胸に秘め、此処を出る準備を密かに始めてゆくのだった。
屋敷を出る直前、私はあの再会の約束の証である白い帯と手紙を置いて出た。せめて、あの約束の思い出だけは覚えていてほしいと身勝手な願いだ。
私は、溢れ出る涙を拭いながら手紙を認めた。
【弘乃へ
勝手な家出を許してください。
やはり私では貴方の花嫁を務められない。きっともっと貴方に相応しい方がいらっしゃいます。
どうか幸せになってください。
私はのぶと出ていきます。
最後にこれだけ言わせてください。
愛していました。さよなら 真弥】
「さよなら。弘乃、みんな」
私は持てる分の荷物とのぶと共に屋敷を後にした。
もう愛する人には会えないけれど、きっとこの先に明るい未来があると信じて前を進んで行った。
今までみんなから無能だとか忌み子だとか罵られてきたのに、弘乃が暮らす大きな屋敷に迎えられてからは酷い言葉を投げかけられることはなくなった。
寧ろその逆で、この屋敷に支える使用人の妖のみんなに慕われる様になった。
お世辞とかそんなものはない。本当に本心から私を迎え入れてくれた。
あの村に住んでいた頃はみんな梨花にしかその愛情は向けられなかったが今は私にも向けられている。
初めてのことで私は戸惑ってしまった。けれど悪い気はしない。
「真弥様。真弥様好みのお菓子を作りましたにゃ。口に合いますかどうか…」
黒猫の妖の子がお団子を持ってきてくれた。
甘しょっぱいみたらし団子。可愛らしくも落ち着いた器に置かれていてとても素敵だった。
みたらし団子も程よい甘しょっぱさで今まで食べたお団子の中で一番美味しかった。
あまりの美味しさに夢中で食べてしまう。
不味くなかったかなっと不安な様子を見せていた妖の子にとても美味しかったと感想を言った。
「ほ、本当ですか!!!嬉しいですにゃ…!!」
「本当、本当!!すごく美味しかったわ!!また作ってくれる?」
「はいですにゃ♪」
あやかしの子は嬉しそうな表情を浮かべて私も幸せな気持ちになった。こんなに微笑ましいと思えたのは生まれて初めて。
弘乃も私を心の底から愛してくれている。
すぐに助けられず苦しめ続けさせてしまったお詫びとして、私好みの素敵な着物や髪飾り、好きな動物の人形等色んなものを私にくれたのだ。
「あ、ありがたいけどちょっとやり過ぎじゃ…」
「何言ってるの。今まで真弥はアイツらに何も与えられず威張られてきた。今度は真弥が与えられる番。そして、誰からも愛されて幸せになる番だよ」
不安になる私を弘乃はいつも支えて優しくしてくれる。
本当にこの人は私のことを愛してくれるのだろうなと。
だから余計に考えしまう本当に私がこの人の花嫁でいいのかと。
しかも、梨花から浄化の異能を取り戻したけれどまだ発動したことがない。
ずっと梨花の中にいたからかもしれないが、一度も穢れを浄化できた試しがなく、傷や病を癒すこともできていない。
月の巫女としての修行も何もしたことがない私にその名を持つ権利があるのかさえ疑問だ。
このまま何も発現しなければ私はただのお荷物。弘乃にまた迷惑をかけてしまう。
不安がる私の手を慰める様にそばに居たのぶが舐めてくれた。私はその優しさに少し心が和らぐ。
こんな私をこの屋敷の人は愛してくれている。でも、その恩を返す為の力がない。
(もう少ししたらこの屋敷を出よう。のぶと一緒に静かな場所で暮らそう)
彼の幸せを願って目の前から消える覚悟は既にできてる。けれど、弘乃から離れたくない気持ちが強くて一歩を踏み出せない。
私が彼の前から消えたい理由を話せばきっと弘乃は怒るに決まってる。今の私にできることはこれしかない。
弱い私は気持ちを落ち着かせる為にのぶの身体をゆっくりと撫でた。
でも、彼名前から消える為の一歩を踏み出すきっかけはすぐに作られた。
それは、村から出てから三週間経った頃に起きた。
私は、仕事に出かけた弘乃を見送り妖の子達の手伝いをしている時だった。
突然私の前にある女性が現れたのだ。その女性の頭に綺麗な角が生えて長い銀髪の美しい女性だった。
兎の妖の子が彼女のことをこっそりと教えてくれた。
「あの人は弘乃様と同じ鬼族でとても位の高い種族のお嬢様で幼馴染の寧々様です……元婚約者でもあります…」
「元…婚約者…」
「はい。でも、すごく怖い人…」
その子以外の子もどこか怯えている。まるでこの人にとんでもない何かされたのではないかと考えてしまう程の怯え様。
寧々の言う女性はニコリと私に笑いかけると、ゆっくりと私の元に近付いてきた。
「あら?貴女が私の弘乃を奪おうとしている人間?」
「え、っと、あの…」
あまりの迫力に一瞬怯むが、すぐに我に帰り落ち着いて私の名前を告げた。
「私は真弥と申します。あの、私は弘乃様を奪ったつもりはございません。彼が直々に私に求婚されました。私はただそれに応えただけです」
「そう……あの弘乃が。まさか、本当にお父様の言う通りだったとは…腹立つわね」
寧々さんは苛立った様にため息をついた。そして、キッと私を睨みつけると持っていた扇子を私の顎に添えるとグイッと持ち上げてきた。
「っ…!!」
「知ってるわよ?貴女、無力で無能の象徴の新月の巫女だったんでしょ?それを弘乃のお陰で異能を取り戻して真の月の巫女に返り咲いた。違うかしら?」
「それは…」
「でも、貴女、全然異能を発現できていないんでしょ?弘乃の足を引っ張るだけの貴女がこの屋敷に居ていいの?」
寧々さんは私の心を見抜く様に追い詰めてゆく。
「私はね、幼い頃からずっと弘乃の側に居たの。すごく仲良しで大人になったら結婚しようて約束したの。親同士も将来は結婚しこの世界を守っていってほしいと願って私を彼の許嫁にしてくれたの。私も嬉しかったわ。だって大好きな弘乃と結ばれるもの。ずっと大人になって鬼神となった彼の花嫁になることを夢見てた。でも…」
私の顎を持ち上げる力が増して息苦しくなる。寧々さんの声も甘ったるいものから凍てつく様に冷たく低いものに切り替わる。
恐怖で背中に冷や汗が流れる。
「弘乃がお父様達と話し合ったの。何事かと思ったら婚約を破棄されたと言われたのよ。私は慌てて理由を聞いたわ。その理由の一つがアンタだったのよ。真弥」
「……」
「後は私の日頃の行いが目に余るものがあるとか適当な理由。私はずっと弘乃の為に邪魔な奴らをこの手で消してきただけなのに酷すぎるわよね?」
「まさか私も殺す気じゃ…」
すると、寧々さんは楽しそうに笑い出した。
「殺さないわ。でも、分かったでしょ?貴女には弘乃と釣り合わないって。異能を取り戻しても何もできないただの人間をいつまでも置いておくわけないでしょ?」
「でも…」
「きっと彼もすぐに目を覚ましてまた私を花嫁に向かえるはず。私と弘乃はずっと愛し合ってきたから。もし、貴女が弘乃のことを思うならどうすればいいか分かるわよね?」
困惑する私は何も言い返せない。立ち尽くす私をよそに、のぶが激しく吠える。怒りがこもった吠え方だった。
寧々さんはそんなのぶを見て鼻で笑った。
「その馬鹿犬と出て行くなら今よ。弘乃に現実を突きつけられる前にね」
すると、いつも弘乃の傍にいる狼の妖である翔くんが慌てて私の元に駆け寄ってきた。
「真弥様!!」
「翔くん…」
「遅れてしまい申し訳ない!!まさか、結界を破るなんて…寧々!!貴様、真弥様に何をした!それにもう弘乃様に近付かないと取り決めた筈だぞ!!平気で破りやがって!!鬼族の面汚しが!!」
「あはは♪私はただ事実を告げに来ただけよ?早く弘乃に目を覚ましてって言ってくれない?私と弘乃は愛し合ってる仲なんだから」
ふざけるな!!と寧々さんに飛びかかるも、彼女の姿は笑い声と共に一瞬で消えてしまった。
翔くんは必死に私の無事を確認し、寧々さんのことを教えてくれた。
殆ど寧々さんの言う通りだったが少しだけ違っていた。
婚約は向こうが勝手に決めていたこと。寧々さんが一方的に好意を寄せていてそのせいで大勢の犠牲を出したことなど。
「あんな女の戯言など気にしないでください。弘乃様は異能の為に貴女を選んだんじゃない。真弥様自身を愛しているから貴女を花嫁に選んだ」
「本当に…?」
「ええ。嘘偽りはございません。だから気を強く持ってください」
翔くんの説得力のある言葉に私は何も言えなかった。
寧々さんの言う通り私は無力のまま。弘乃に迷惑ばかりかけているただのお荷物。
彼の幸せを願うなら私にできることはもう一つしかない。
「のぶ。私と一緒に来てくれるわよね?」
やっとこの屋敷から出る決意をした。ようやく叶えられなかった夢に一歩を踏み出す。
こんなに悲しい理由になってしまったが仕方がない。
私は、弘乃とこの屋敷での思い出を胸に秘め、此処を出る準備を密かに始めてゆくのだった。
屋敷を出る直前、私はあの再会の約束の証である白い帯と手紙を置いて出た。せめて、あの約束の思い出だけは覚えていてほしいと身勝手な願いだ。
私は、溢れ出る涙を拭いながら手紙を認めた。
【弘乃へ
勝手な家出を許してください。
やはり私では貴方の花嫁を務められない。きっともっと貴方に相応しい方がいらっしゃいます。
どうか幸せになってください。
私はのぶと出ていきます。
最後にこれだけ言わせてください。
愛していました。さよなら 真弥】
「さよなら。弘乃、みんな」
私は持てる分の荷物とのぶと共に屋敷を後にした。
もう愛する人には会えないけれど、きっとこの先に明るい未来があると信じて前を進んで行った。



