十八歳の誕生日に真の月の巫女を鬼神の花嫁として捧げよ。拒むなら神々がこの村に授けた力を全てを返してもらう。
鬼神の使いから突然告げられた要求に両親や村のみんな、そして梨花達は恐れ慄いていた。
人々にとって鬼は禍を引き起こし人を食らう酷く醜い化け物だ。その神様の花嫁になんて誰もなりたくないだろう。
従わない場合は神々から受けた加護を全て返してもらうと脅迫もしてきた。
あんなに明るかった家は一気に重い空気に包まれた。

「い…いやぁ…私、鬼の神様の花嫁になんかなりたくない…!!助けて…お父様…お母様…!!」
「大丈夫よ梨花!!必ずお母さん達が貴女を守り抜くわ!!鬼神なんかに可愛い梨花を捧げるものですか…!!」
「でも、どうします?あの鬼神の使い曰く、もし要求を拒む様なら神々から授かった力を全て返してもらうって言ってましたよ?」
「く…!!鬼神は何を考えて梨花を花嫁に捧げよと言うのだ…!!!しかもこんな脅しまで!!どうしたら…」

恐怖で泣き縋る梨花を母さんは優しく慰める。父さん達は鬼神からの要求をどうするべきかと考えている。
この村は神々から授かった力と月の巫女の異能に支えられている。それが失われたら村は一気に衰退してしまうだろう。
だからこの要求は村にとって死活問題だった。
異能を持つ梨花も、万能の加護も失うわけにはいかない。
彼等が一番手放したいものが一つだけあるのは除いて。
すると、梨花の頭を撫でていた母さんが私を見て不気味な笑顔を浮かべてきた。何かを思いつき、私に向かって指をさした。

「ねぇ…?あの子は?梨花と同じ顔のあの子ならどうでしょう?双子の姉の真弥を真の月の巫女として捧げましょうよ?」

母さんのその一言を聞いて周りのみんなが私の方に振り向く。

「そうだ…!!真弥がいたじゃないか!!」
「梨花様とは双子の姉妹ですもんね!!新月の巫女ではあるが顔と見た目はそっくり!!!」

こんな時だけ娘達が双子で生まれてきて良かったと喜ぶ両親達に反吐が出た。
いつもは私を平気で殴り、無能だ忌み子だと罵倒してくるくせに、梨花と村のことになったら平然と利用してくる。
この村に私の味方はのぶしかいないのだと改めて思い知らされた。
泣いていた梨花はニヤリと私に笑いかけた。絶対に母さん達には見せない嫌な顔。これが彼女の本性なのだと苛立つ。

「……それは、私が梨花として鬼神の花嫁になれということですか?」
「おお!物分かりがいいじゃないか!!新月の巫女として最期ぐらい役に立て。月の巫女の梨花に迷惑ばかりかけてきたお前にしかできないことだ」
「お願い。お姉様」

つまり死ねってことなのだろう。可愛い娘の梨花の為に命を散らせと言いたいのだ。
やっと厄介者がいなくなる。これでお荷物がいなくなると笑うのだろう。
抵抗して逃げようとすれば酷い目に遭わされるだけ。拒否権なんて最初から無いのだ。
もう応えは一つだけだ。

「分かりました。私が鬼神様の花嫁としてこの身を捧げます」

私の一言を聞いて両親達は歓喜の声を上げた。
分かっていたからそれほど彼等に対して絶望はしなかったが、残されてしまうであろうのぶのことが気がかりだった。
鬼神様の元に一緒に連れて行きたいが、梨花がそれを許さないだろう。彼女はずっとのぶのことを欲しがっていたから。
予想通り、梨花が心配した表情で私に近づいてきた。

「ありがとう。お姉様。お姉様が居なくなっても月の巫女である私がこの村を守り続けるからね。あ!あのわんちゃんのことは私に任せて!!お姉様なんかよりもしっかり可愛がってあげるから」

のぶと離れ離れになってしまうのが一番心苦しい。しかも大嫌いな妹に奪われてしまうなんて。
きっと、私が居なくなったらのぶは梨花に酷い目に遭わされてしまうだろう。今までの彼女が飼ってきた生き物は日頃の鬱憤の捌け口にされて最後は悲惨だった。
のぶも連れて行きたい。そう願ってしまう。
だが、現実を無常ですぐにのぶは梨花の手に渡ってしまった。
十八歳の誕生日までの三ヶ月間は逃亡防止の為に殆ど座敷牢の中で過ごす羽目になってしまった。のぶにも会えなくなってしまった。
私は薄暗い座敷牢の中でのぶの無事を願うと共に、あの鬼の男の子との約束を思い出す。
幼い私の髪を結んでいた白い帯を再会の約束の証として持っていってしまったあの子を。

「真弥。僕が一人前になったら必ず君を迎えにいくよ」

どんな人になったのかなとか、まだ優しいままだといいなとかいろいろ考えてしまうが、一つだけ気づいたことがある。

(そういえばあの時、あの子の名前聞きそびれちゃったな…)

男の子の名前を私はまだ知らなかった。
それにもうこんなに時間も経過しているから再会の約束も私のことも忘れてしまっているかもしれない。
でも、もしかしたら、鬼神様がその子だったりして…なんて思ってしまう。
本当にそうだったいいのにと願いながら私は、寂しさと孤独と不安に耐えてゆくのだった。











使いの狼の妖が月の巫女が暮らす村について調べてきてくれた。命令通り巫女が住んでいる屋敷に寄り花嫁として巫女を差し出せと宣言もしてきてくれた。

「きっとあの下衆共は月の巫女の代わりとして真弥様を差し出すでしょう」
「うん。そうだろうね。まぁ、こんなことしなくても真弥を迎えに行くつもりだったから。ただ、あの馬鹿妹に痛い目に遭ってほしいからね」
「三ヶ月なんてあっという間ですよ。準備はできてます?」
「万全万全♪真弥を迎える準備も、村の奴らにお仕置きする準備もね」

長い様で短い三ヶ月。
真弥の誕生日にようやく迎え行ける。やっと一人前になれたのだから。
アイツらは月の加護を受けた馬鹿妹と神々から授かった万能の加護を守り抜くためなら何の罪のない少女を差し出す様な輩だ。下手に動いたら真弥に危険が及ぶに違いない。
今は苦しい時だが必ず報われる。
それにまだあの時僕を助けてくれた時の恩返しをまだしてない。再会の約束の証として借りた白い帯も返していない。
愛する真弥を嫌な記憶が消えてしまうほど幸せにするのが僕の使命なのだから。
だからもう少しだけ待っててくれ。真弥。