夏の大会が終わったので、朝練が解除された。また朝、柚月さんと同じ電車に乗れる日がやってきたのだ。眠い朝も、満員電車で柚月さんとぎゅうっとくっつくとドキドキして目が覚める。テスト前に入って、部活がないので帰りは一緒に帰れないけれど、朝一緒に登校するだけでも幸せだった。だいぶ、周りにも仲の良い二人という印象を植え付けたようだ。それがいい事なのかどうなのかよく分からないけれど。
テストが終わって部活が再開された日、柚月さんも部活があるので一緒に帰る約束をしていた放課後の事。部活が終わって着替えて、誰よりも先に出て行こうとした時、真希に呼び止められた。
「琉久、ちょっと話があるんだけど。」
いつもサバサバしていてものをはっきり言う真希が、いつになくはっきりしない態度だった。ソワソワしているというか、視線があちこち行っていて目を合わせようとしないというか。
「どうした?」
心配になって聞くと、真希は手招きをし、体育館の出入り口の外に俺を連れ出した。柚月さんはもう少し先にいて待っているはずだった。
「あのさ、琉久。……私と、付き合ってください。」
真希は頭を下げた。
「え!?なになに?頭下げないで。え、ちょっと、待って、え?何?」
「ぷっ、パニクり過ぎ。」
真希の奴、笑いやがる。
「なんだよ。冗談?」
「ちがうよ!本気。私、あんたの事が好きなの。だから付き合って。」
さっきのは変だったけど、こう言われると真希らしい。でも、もちろんOKはできません。
「あー、悪いけどそれは無理。」
真希の顔が引きつる。ああ、やっぱりそうだよね。女子だもんね、泣くよね。
けれど、真希は泣かなかった。
「そっか。誰か好きな人いるの?」
目を上げずにそう聞いてきた。ここはどう答えるべきなのか。
「うーん、なんというか……。」
「るー、く?」
柚月さんの声がした。振り返るとそこにいた。真希が小声で話したものだから、俺と真希はだいぶ接近して立っていた。いや、それどころではない。なんというか……と言いながら壁に手を置いたりしたものだから、はたから見ると壁ドン状態になっていたのだ。
「あっ!柚月さん、待たせてごめん。今行くから!」
慌てて手を引っ込めて真希から離れ、柚月さんに声をかけた。そして真希に向き直り、
「ごめん、好きな人がいるんだ。じゃあな。」
そう言って、柚月さんの元へ走った。これじゃ白状したようなものだな、誰の事が好きなのか。ただ、真希がそれを本気で受け止めるかどうかは分からない。
「琉久、もしかして告られてたのか?」
柚月さんと二人になって歩いていると、そう聞かれた。
「……うん、まあ。」
「それで、好きな人がいるって言って断ったわけだ。」
「うん。」
横目で柚月さんを見る。前を向いて何かを考えている様子。
「お前、あの子とお似合いじゃん。付き合えばいいのに。」
ひ、ひどい。ひどすぎる。
「まーた、そんな事言ってぇ。柚月さん、ひでえよ。」
俺は立ち止まって柚月さんの肩を掴んだ。目を見る。俺はまっすぐに見ているのに、柚月さんは横目で俺を見る。
「分かった、悪かったよ。」
柚月さんはそう言って肩に置かれた俺の手を払いのけた。はあ。切ない。この間はキスしてくれたのに。柚月さんは優しい。困っている子にはとっても優しい。でも、普段の俺には冷たい。
「ねえ、俺が柚月さんを好きになったきっかけ、知りたくない?」
歩きながら聞いてみる。
「え?きっかけ?」
「そう。」
「何?」
「俺が中一の夏、試合を見ていて具合の悪くなった俺を、柚月さんが救ってくれた。覚えてる?」
「覚えてない。」
「うそでしょー。覚えててよー。」
俺が泣きそうな声を出したので、柚月さんがくすっと笑った。
「救ったとか、大げさだなあ。俺何かしたっけ?」
本当に覚えてないのか。普通の事なんだなあ、柚月さんにとっては。俺は柚月さんにあの夏の日の出来事を詳しく話して聞かせた。
「ああ、そんなこともあったな。あれ、琉久だったか。そうか。」
柚月さんは目を細めて笑っていた。歩いているから前を向いて、だけれど。
「あの日以来、いつも柚月さんの事、目で追ってた。」
「うん、それは知ってた。」
「え?知ってた?俺の気持ち、気づいてたの?あの頃から?」
柚月さんはまだ笑っている。目を細めたまま。
「可愛かったなあ、小さかった琉久。」
「悪かったね、大きくなっちゃって。」
「そう。俺、お前の気持ち知ってた。だから、ちょっとからかっただけだから、お前の事。」
柚月さんの顔から笑顔が消えた。
「真希ちゃんと付き合えよ。」
柚月さんはそう言って、俺の顔を見た。やばい、泣きそう俺。
「なんでそういう事言うの?柚月さん、俺の事好きなんでしょ?なのに。」
俺は立ち止まってそう言った。
「お前の言う、好きじゃない。」
柚月さんも立ち止まった。
「でも、キスしてくれたじゃん。」
「だから、からかっただけ。」
柚月さんはまた目を反らした。嘘だ、きっと嘘だ。そう思いたい。でも、いつまでも触るなって言われると、自信が無くなる。
「でも、俺の絵を描いてた。」
「お前の絵じゃない。」
「背番号が9だった。」
「俺の好きな数字が9なだけだ。」
がーん。もう、自信のかけらも無くなった。
俺は諦めてまた歩き出した。柚月さんも歩き出す。だけど、一緒に帰ってくれた。バレーも応援してくれた。俺の言うような「好き」じゃなくても、「好き」ではあるんだよな。
電車に乗り、最寄り駅からまた歩いている時、
「分かったよ。柚月さんが俺の事、そういう風には好きじゃないって事は。でも、俺は真希の事を好きにはなれないから、真希と付き合ったりはしないから。」
「……そうか。」
「あと、柚月さんと友達止める気もないから。あ、そうだ。夏休み一緒にどこかに遊びに行こうよ。友達なんだからいいでしょ?」
「……いいけど、どこ行きたいんだ?」
「うーん、じゃあ、遊園地。」
「遊園地?……男二人で遊園地は嫌だ。」
「そう、だよね。じゃあ、誰か誘おう。俺たちの共通の知り合いは……諸住先輩かな。明日誘ってみるよ。」
という事で、一緒に遊園地に行くことは決まったのだった。
テストが終わって部活が再開された日、柚月さんも部活があるので一緒に帰る約束をしていた放課後の事。部活が終わって着替えて、誰よりも先に出て行こうとした時、真希に呼び止められた。
「琉久、ちょっと話があるんだけど。」
いつもサバサバしていてものをはっきり言う真希が、いつになくはっきりしない態度だった。ソワソワしているというか、視線があちこち行っていて目を合わせようとしないというか。
「どうした?」
心配になって聞くと、真希は手招きをし、体育館の出入り口の外に俺を連れ出した。柚月さんはもう少し先にいて待っているはずだった。
「あのさ、琉久。……私と、付き合ってください。」
真希は頭を下げた。
「え!?なになに?頭下げないで。え、ちょっと、待って、え?何?」
「ぷっ、パニクり過ぎ。」
真希の奴、笑いやがる。
「なんだよ。冗談?」
「ちがうよ!本気。私、あんたの事が好きなの。だから付き合って。」
さっきのは変だったけど、こう言われると真希らしい。でも、もちろんOKはできません。
「あー、悪いけどそれは無理。」
真希の顔が引きつる。ああ、やっぱりそうだよね。女子だもんね、泣くよね。
けれど、真希は泣かなかった。
「そっか。誰か好きな人いるの?」
目を上げずにそう聞いてきた。ここはどう答えるべきなのか。
「うーん、なんというか……。」
「るー、く?」
柚月さんの声がした。振り返るとそこにいた。真希が小声で話したものだから、俺と真希はだいぶ接近して立っていた。いや、それどころではない。なんというか……と言いながら壁に手を置いたりしたものだから、はたから見ると壁ドン状態になっていたのだ。
「あっ!柚月さん、待たせてごめん。今行くから!」
慌てて手を引っ込めて真希から離れ、柚月さんに声をかけた。そして真希に向き直り、
「ごめん、好きな人がいるんだ。じゃあな。」
そう言って、柚月さんの元へ走った。これじゃ白状したようなものだな、誰の事が好きなのか。ただ、真希がそれを本気で受け止めるかどうかは分からない。
「琉久、もしかして告られてたのか?」
柚月さんと二人になって歩いていると、そう聞かれた。
「……うん、まあ。」
「それで、好きな人がいるって言って断ったわけだ。」
「うん。」
横目で柚月さんを見る。前を向いて何かを考えている様子。
「お前、あの子とお似合いじゃん。付き合えばいいのに。」
ひ、ひどい。ひどすぎる。
「まーた、そんな事言ってぇ。柚月さん、ひでえよ。」
俺は立ち止まって柚月さんの肩を掴んだ。目を見る。俺はまっすぐに見ているのに、柚月さんは横目で俺を見る。
「分かった、悪かったよ。」
柚月さんはそう言って肩に置かれた俺の手を払いのけた。はあ。切ない。この間はキスしてくれたのに。柚月さんは優しい。困っている子にはとっても優しい。でも、普段の俺には冷たい。
「ねえ、俺が柚月さんを好きになったきっかけ、知りたくない?」
歩きながら聞いてみる。
「え?きっかけ?」
「そう。」
「何?」
「俺が中一の夏、試合を見ていて具合の悪くなった俺を、柚月さんが救ってくれた。覚えてる?」
「覚えてない。」
「うそでしょー。覚えててよー。」
俺が泣きそうな声を出したので、柚月さんがくすっと笑った。
「救ったとか、大げさだなあ。俺何かしたっけ?」
本当に覚えてないのか。普通の事なんだなあ、柚月さんにとっては。俺は柚月さんにあの夏の日の出来事を詳しく話して聞かせた。
「ああ、そんなこともあったな。あれ、琉久だったか。そうか。」
柚月さんは目を細めて笑っていた。歩いているから前を向いて、だけれど。
「あの日以来、いつも柚月さんの事、目で追ってた。」
「うん、それは知ってた。」
「え?知ってた?俺の気持ち、気づいてたの?あの頃から?」
柚月さんはまだ笑っている。目を細めたまま。
「可愛かったなあ、小さかった琉久。」
「悪かったね、大きくなっちゃって。」
「そう。俺、お前の気持ち知ってた。だから、ちょっとからかっただけだから、お前の事。」
柚月さんの顔から笑顔が消えた。
「真希ちゃんと付き合えよ。」
柚月さんはそう言って、俺の顔を見た。やばい、泣きそう俺。
「なんでそういう事言うの?柚月さん、俺の事好きなんでしょ?なのに。」
俺は立ち止まってそう言った。
「お前の言う、好きじゃない。」
柚月さんも立ち止まった。
「でも、キスしてくれたじゃん。」
「だから、からかっただけ。」
柚月さんはまた目を反らした。嘘だ、きっと嘘だ。そう思いたい。でも、いつまでも触るなって言われると、自信が無くなる。
「でも、俺の絵を描いてた。」
「お前の絵じゃない。」
「背番号が9だった。」
「俺の好きな数字が9なだけだ。」
がーん。もう、自信のかけらも無くなった。
俺は諦めてまた歩き出した。柚月さんも歩き出す。だけど、一緒に帰ってくれた。バレーも応援してくれた。俺の言うような「好き」じゃなくても、「好き」ではあるんだよな。
電車に乗り、最寄り駅からまた歩いている時、
「分かったよ。柚月さんが俺の事、そういう風には好きじゃないって事は。でも、俺は真希の事を好きにはなれないから、真希と付き合ったりはしないから。」
「……そうか。」
「あと、柚月さんと友達止める気もないから。あ、そうだ。夏休み一緒にどこかに遊びに行こうよ。友達なんだからいいでしょ?」
「……いいけど、どこ行きたいんだ?」
「うーん、じゃあ、遊園地。」
「遊園地?……男二人で遊園地は嫌だ。」
「そう、だよね。じゃあ、誰か誘おう。俺たちの共通の知り合いは……諸住先輩かな。明日誘ってみるよ。」
という事で、一緒に遊園地に行くことは決まったのだった。